コロナ禍に出店が加速化
こうした日本で暮らし、働く中国出身者に加え、食文化的に中国と通じている中国語圏やアジアの人たちも増え、在留外国人による厚みのある顧客層を形成したことから、彼らを対象とした飲食店の経営が成り立つ環境が生まれたのである。
顕著となったのは2010年代以降、特にこの10年のことだと考えられる。しかも、コロナ禍に出店が加速化 したという驚くべき事実もある。
重要なのは、数の増加だけでない。経済力のある中国の人たちが増えたことが新たな状況を生み出していることだ。
長い歴史を有する中国において食は最大のエンターテインメントだった。一時期、社会主義化の徹底でその火は消えかけていたが、名高いグルメ大国の伝統は、21世紀以降の経済成長と彼らの食に対する真摯な取り組みによって、いまや復活したと言っても間違いない。
これがまさしくガチ中華の正体なのである。それは21世紀以降の中国の実情をよく知らない人には未知なる料理だったかもしれない。それまで日本人が知っていた中華料理とは別モノだったからである。こうして生まれた食のムーブメントが日本に届くようになったことが、ガチ中華の出現の背景である。
それは日本でのみ起きていることではない。世界中で共時的に起きているグローバルな現象だと言ってもよい。中国から世界各地に留学やビジネスで多くの人たちが大量出国 したことで、彼らがそれぞれの国でガチ中華の顧客とともに担い手となったからだ。
こうした中国人の大量出国は、1980年代以降の中国の改革開放政策にともなう「新華僑」と呼ばれる人たちから始まる。1990年当時は約15万人にすぎなかった在留中国籍人口は、その後、1990年代から2000年代にかけて急増していく。
1970年代以降の在留中国籍人口の推移をみていると、東日本大震災を挟んで、大きく2つの増加期がある。1つは1996年(23万4264人)から2005年(51万9561人)にかけての10年間で、約29万人増えている。もう1つが、2016年(67万7571人)から2025年(90万738人)にかけてで、約22万人の増加がみられる。
ガチ中華の出現の背景を理解するポイントは、この2つの増加期の違いにある。
実は、1990年代半ばから2000年代にかけて、中国の人たちが営む飲食店は現れ始めていた。ただし、初期に来日したのは、上海や福建省出身者が多く占め、それ以降は、東北三省(遼寧省、吉林省、黒龍江省)出身者が多かった。
そのため、この時期に現れた中国人経営の店で供されたのは、「家常菜」と彼らが呼ぶ、中国の家庭料理だった。初期に来日した人たちには、プロの調理人はほぼいなかったからだ(その後、1990年代後半頃から日本の飲食企業による中国からのプロの調理人の呼び寄せが始まり、料理の質が格段に向上していくきっかけとなる)。
その後、2000年前後から中国の東北料理や当時中国で流行していた四川料理が現れ始めた。とはいえ、今日ほどの出店数や多様な料理のバリエーションはなかった。いわば「プレガチ中華」とでも言うべき段階だったのである。
一方、2010年代以降に来日した人たちは、同じ中国籍でも経済力がまったく違う層だった。豊かな時代に生れた高学歴の若い世代が多かった。そのインパクトが日本にガチ中華を出現させた理由と言っていいだろう。
高学歴かつ高度なビジネス人材である彼らは、ガチ中華を消費する顧客としても優良だったからだ。これは前期との大きな違いといえる。
そして、2020年代以降、一般の日本人より経済的に恵まれた中国籍の人たちが来日する「潤日(ルンリー)」の時代を迎え、さらなる新しい動きを見せ始めているのが、今日のガチ中華の姿である。


