この視点は極めて有用だ。
なぜなら、パニックが過ぎ去れば、再び歯車は動き出すからである。同じロング銘柄が買われ、同じショート銘柄が売られ、同じトレンドが再開する。
だが今のあなたは、どこに圧力がかかっているかを知っている。
どの銘柄が混み合っており、どの銘柄に下押し圧力がかかっているのかが分かっている。
それがあなたに与えられた選択肢なのだ。
流れに乗るのが好きなら、そのトレンドに従えばいい。強いものは上がり続け、弱いものは下がり続ける。
私はその裏側に興味がある。
時として、ある銘柄が激しくショートされるのは、ファンダメンタルズが崩壊しているからではなく、単にそのグループの中で最も弱いと見なされているからに過ぎない。これは全く別の話だ。
もしその圧力がわずかでも緩和されれば、そこには自然な売り手はもう残っていない。そのとき、どこからともなく急激な反発が起こる。
私はそれを注意深く観察するのが好きだ。
すぐに飛びつくわけではないし、落ちてくるナイフを掴もうとも思わない。私は行動の変化を待っている。下落が止まり、横ばいに転じ、売り圧力が枯渇したとき。それが面白くなる瞬間だ。
そこにこそ非対称性が存在するのである。
ここ数週間における私の変化は、何を所有しているかだけでなく、市場をどう見ているかという点にある。
私は物語への興味が薄れた。物語は常に存在するし、それが最も説得力を持つ瞬間に限って、大抵それは間違っている。
今の私は、資金の流れに興味がある。誰がロングしていて、誰がショートしているのか。誰が行動を強制されていて、その圧力が次にどこへ向かうのか。
これは決して派手な思考法ではないが、非常に有用なものだ。


