AI戦略室を触媒として、プロダクトの内製化と社員のAI活用スキルの向上を進めるマイナビ。
ビジネスとエンジニアリングを融合させ、ボトムアップで組織をアップデートさせようとする取り組みの真価とは。
マイナビは2024年10月、AI戦略室を設置した。プロダクト開発の内製化と全社教育を並行して推進する体制は、既存ツールの導入にとどまらない、事業構造のアップデートを目的としている。この大胆な改革の背景にあるのは、テクノロジーの急激な変化に対する危機感だ。デジタルテクノロジー戦略本部副本部長 兼 AI戦略室室長の谷本健次(写真。以下、谷本)は、その必然性を次のように話す。
「技術革新のスピードは増すばかりです。最新鋭のテクノロジーを組み込んだサービスであっても、リリースの段階で時代遅れになるリスクを常にはらんでいます」
外部の協力を得る開発では、要件定義から実装まで数カ月から年単位を要するケースも少なくない。技術環境が激変するなか、自社内で即応できる体制を構築し、改修のタイムラグを極限まで排除することは、事業を成立させるための最低条件であった。
だが、技術への投資が必ずしも成果を約束するわけではない。AI活用の成否を分けるのは、技術力そのものよりも事業現場の課題との適合性にある。この乖離を埋めるため、AI戦略室は約40人の体制のうち、ビジネスサイド出身者を5人配した。
「エンジニアとは別に、営業現場などで顧客と向き合ってきたメンバーが初期段階から介在する。現場のリアルな課題から逆算して開発の意義を定義することで、テクノロジーを具体的な解決策として機能させるのが狙いです」
彼らがビジネスとエンジニアリングの結節点となることで、技術が独り歩きするのを防ぐ。その実例が、24年にローンチした、高校生向けのAI活用型動画面接練習サービス「AI-m(エイム)」だ。
当初、求職者向けのAI面談サービスとして開発された同プロダクトは、実証実験(PoC)において仮説通りの反応を得られなかった。ロジック上は、AIによる面談の代替が効率的であるという論理は成立しても、ユーザーである求職者側には自分の経験をAIにさらけ出すことへの心理的障壁や納得感の欠如があったのだ。この停滞を打破したのは、現場に対する解像度が高いメンバーによる用途の転換だった。
大学受験における推薦・総合型選抜の増加で面接対策の重要性が高まる一方、教員たちは多忙を極め、生徒一人ひとりに十分な指導を行うことができないという高校現場の構造的な課題を、これまでの営業活動を通じてつかんでいた。
「選考の場ではなく、練習の場であればニーズがある」。この仮説に基づき、技術を評価ではなく「トレーニング」へと最適化させた。結果、同サービスは現在約180校、2万人を超える受験生が利用するサービスへと成長している。
谷本は「現場と技術の距離を限りなくゼロに近づけることが内製化の要諦である」と説く。市場の反応を即座にプロダクトへアジャストさせる機動力。このスピード感の追求が、同社が体制を内製化した最大の狙いなのだ。

AIを全社員共通の標準スキルへ
プロダクト開発と並行して、マイナビが注力するのが社員一人ひとりのAIリテラシーの向上、すなわちAIの民主化である。特筆すべきは、そのアプローチがトップダウンの体制化ではなく、徹底したボトムアップの草の根活動に支えられている点だ。象徴的な取り組みが、25年に始動した研修プログラム「マイナビ文系AI塾」である。
その名の通り、営業や企画といった非エンジニア層を対象としたこの塾には、当初の予想を上回る約900人が参加。だが、この熱量は突如として生まれたものではない。
「現在のAI戦略室の母体となった、AI推進課という組織があります。同課のメンバーは、戦略室が設立される2年ほど前から全国の支社を回り、勉強会を開くだけでなく、現場の社員の隣に座って一緒に仕事をしながら、個別の悩みに応え続けてきました」
デジタルを浸透させるために、あえてアナログでウェットな対話を積み重ねる。この現場に徹底して寄り添う伴走支援が、現場の心理的ハードルを溶かしていった。こうした地道な継続が、「マイナビ文系AI塾」という大規模な研修プログラムを動かす大きなモメンタムとなったのだ。
AI戦略室が目指すのは、単なる業務効率化ではない。AIを、職種や業種を超えて通用する「デジタルポータブルスキル」として定義し、個人の可能性を拡張することにある。
実際、社内では変化の兆しが表れている。25年末の社内向けAIイベントでは、マーケティング部門へ異動した社員から「AIと壁打ちを繰り返すことで、未経験からマーケターとしての視点を習得できた」という声が上がったという。AIが組織の壁や経験不足を補完し、社員のキャリア転換を後押しする武器として機能し始めている。
また、25年に導入されたノーコードの生成AIアプリ開発ツールの活用も加速。アカウント申請数は1,500を超え、現場主導で自作業務アプリが量産されつつある。谷本は「AI戦略室が一方的にツールを『つくって配る』のではなく、社員自らが課題を見つけ、自ら解決策を構築する。この自律的なサイクルが回ることで、組織全体の解像度が確実に上がっていく」と説く。
効率化の先にあるのは、個人の価値向上であり、ひいては顧客への提案の質に直結する。マイナビが挑む民主化の本質は、テクノロジーを全社員の標準的なスキルへと引き上げ、個々のポテンシャルを最大化させる組織的な生存戦略だといえる。
テクノロジーが問い直す「介在価値」
谷本は一貫して「AIはあくまで手段である」と強調する。マイナビがAI戦略において課題解決を出発点に据えるのは、それが同社のパーパス「一人ひとりの可能性と向き合い、未来が見える世界をつくる。」ことに直結するからだ。
「求職者支援において、すべてをAIに置き換えるという発想はありません。私たちが最も大切にしているのは、顧客との深い接点、いわゆる『ヒューマンタッチ』と呼ばれる領域です。AIを活用するのは、その質を極限まで高めるため。そこに尽きると考えています」
生成AIをはじめとするテクノロジーが急速に進化を遂げるなかで、人の役割はどう定義されるべきか。谷本はこう答える。
「何より大切なのは、AIは人の可能性を広げ続けるためのものであるということです。ビジネスがAIだけで完結し、利益を上げる未来は来るかもしれません。しかし、人が働く満足度や幸福感は、人とのかかわりのなかに存在します。相手の信頼を勝ち取るための想像力や対人コミュニケーションの重要度は、むしろ以前より増していくでしょう。採用や育成のあり方も、そこを起点に再議論されていくはずです」
全国にある拠点で日々蓄積される社員や顧客のニーズを、テクノロジーによって即座に事業へ還元する。アナログな現場で培ってきた信頼とデジタルの機動力。このふたつが結びついた先に、次世代のキャリア支援の新たなかたちが見えてくるのかもしれない。
たにもと・けんじ◎マイナビ 執行役員デジタルテクノロジー戦略本部副本部長 兼 AI戦略室室長。2007年、毎日コミュニケーションズ(現 マイナビ)入社。就職情報事業本部で営業業務、人事統括本部で採用業務を担当した後、2024年AI戦略室室長に就任。2026年より現職。



