カルチャー

2026.03.19 14:15

直島という「問いの生態系」| 宮田裕章の辺境未来論 第4回

「辺境」はなぜ人を惹きつけるのか。その理由は、しばしば観光資源や歴史で語られる。だが、それだけでは説明できない場所がある。瀬戸内海に浮かぶ直島は、「何を持っているか」ではなく、「問いが生まれ続ける構造」によって、独自の価値を生み出している。

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なぜ直島は、これほど長い時間をかけて、人を引き寄せ続けているのだろうか。

この問いに答えようとするとき、多くの人がまず「資源」を探す。ニセコには世界屈指のパウダースノーがある。金沢には、加賀百万石の歴史と工芸の蓄積がある。では直島に何があったのか。瀬戸内海に浮かぶ人口約3000人の島に、観光資源と呼べるものは決して多くなかった。島の経済基盤は、大正期から続く三菱マテリアルの製錬所であり、周囲の海には産業の匂いが漂っていた。

さらに言えば、直島の隣島・豊島(てしま)は、1970年代から約91万トンの有害産業廃棄物が不法投棄された、日本最大規模の公害事件の現場でもある。「ゴミの島」と呼ばれた豊島の廃棄物は、2000年の調停成立後、皮肉にも直島に設けられた中間処理施設で溶融処理された。アートの島の土台には、文字通り、瀬戸内の負の記憶が折り重なっている。

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資源では捉えきれない場所

福武總一郎氏が直島を選んだのは、偶然ではない。東京を中心とする経済合理性の巨大な渦から意図的に距離をとるために、氏はあえて辺境を選んだのだ。中心にいる限り、問いは速度に飲み込まれる。答えを出すことへの圧力が強すぎて、問いそのものが生きながらえない。福武氏が見抜いていたのは、真に問いを立てるためには、中心の論理が届きにくい場所に身を置く必要があるという、シンプルだが根本的な認識だった。

直島新美術館
直島新美術館 『ヘッド・オン』蔡國強(ツァイ・グオチャン)

福武總一郎氏が直島で育てようとしたのは、ひとつの答えではなく、「問いの生態系(生態系という概念は福武英明氏が直島にあてた言葉である)」だった。安藤忠雄の建築が発する問いと、草間彌生のかぼちゃが発する問いは異なる。島民の日常が発する問いは、またどちらとも違う。それらが同じ答えに収束しないからこそ、場は単一のテーマパークに固着しない。問いの種類が多いほど、訪れる人の多様性を受け止める器は広くなる。多様性とは単に人の属性の違いではなく、問いの種類の豊かさでもある。

そして問いは、完成した瞬間に閉じてしまう。未完であり続けることは欠陥ではなく、生態系が生きている証拠なのだ。直島の問いの生態系には、もうひとつの特徴がある。解消されていない矛盾が、層をなして積み重なっていることである。製錬所の歴史、豊島の廃棄物処理、そしてアートの到来。新しい問いは古い問いを上書きせず、その上に静かに着地する。この堆積が場の深度を生み出している。言い換えれば、時間そのものが直島の構造になっているのだ。

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文・写真=宮田裕章

連載

宮田裕章の「辺境」未来論 ──Resonant Regions

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