カリフォルニア州立大学スタニスラウス校では、ブリット・リオス=エリス学長が、農業とワインから医療、AI駆動の産業までを視野に、カリフォルニア州セントラルバレーのラティーノ人材パイプラインを構築している。
CSUの最新キャンパスの学長
CSU-Stanislaus Office of President
(寄稿者注:女性史月間にあたり、「アメリカの次章を形づくる女性たち」シリーズを取り上げる。大学学長2人、グローバルPR企業のエグゼクティブ1人、そして先駆的なテックリーダー1人を紹介する。)
2026年に建国250周年を迎えるにあたり、この国は切迫した問いに直面している。次世代の人々が経済を牽引し、コミュニティを強くし、この国の約束を未来へと運ぶための準備を、いったい誰が担っているのか。
その問いに答えるうえで、公立大学ほど大きな役割を果たす機関は多くない。そして、その責務をこれほど明確に体現するリーダーもまた稀である──カリフォルニア州立大学スタニスラウス校学長のブリット・リオス=エリス博士がその一人だ。
全米最大の4年制公立大学システムである、23キャンパスから成るカリフォルニア州立大学(CSU)システムの一翼を担うスタニスラウス校は、同国で最も重要な経済圏の1つでありながら、しばしば見過ごされがちな地域、カリフォルニア州セントラルバレーに位置する。
カリフォルニア州セントラルバレーは世界有数の農業拠点であり、全米の食料の25%(果物、ナッツ、食卓向け作物の40%を含む)を、米国の耕地総面積の2%未満で生産している。2万平方マイルの地域が生み出す作物価値は年間170億ドル超。アーモンド、ピスタチオ、ブドウ、トマトを含む250種類以上の作物が栽培され、世界でも最も生産性の高い農業地域の1つとなっている。また、この地域には数千に及ぶ働く家庭が暮らし、その子どもたちは将来の労働力を担う存在である。
最近リオス=エリスと話した際、会話は人工知能から医療分野の人材不足、移民、経済的流動性、分断が進む国におけるリーダーシップの未来にまで及んだ。
だが、ある言葉が繰り返し浮かび上がった。
カリーニョ(Cariño)。
スペイン語のこの言葉は、おおまかにいえば愛情や思いやりを意味する。だが、リオス=エリスのリーダーシップ哲学においては、より深い意味を帯びる。
「カリーニョとは、献身的で、説明責任を果たし、思いやりに満ちたリーダーシップのことです」と彼女は語った。「人々を真に大切にしながら、成功できるよう備えさせる組織を築くことなのです」
そのエートスは、スタニスラウス校を率いる彼女の姿勢に表れている。同大学の使命は、教育であると同時に経済でもある。
地域の機会を生み出すエンジン
スタニスラウス校は、高等教育の専門家がヒスパニック・サービング・インスティテューション(HSI)と呼ぶ大学である。学生のおよそ60%がヒスパニックまたはラティーノと自認し、残る40%は多様な人種・文化的背景を代表している。
だが、同大学を特徴づけているのは人口統計だけではない。鍵となるのは「社会的上昇」だ。学生の約70%が家庭で初めて大学に進学する第一世代であり、63%がペル・グラント(低所得世帯向け給付型奨学金)の対象である。つまり、低所得世帯の出身者が多い。
彼らの多くにとって、大学の学位は単なる学術的達成ではない。家族にとっての経済的転機である。
その使命は全国ランキングにも表れている。ウォール・ストリート・ジャーナルは、スタニスラウス校を社会的流動性で全米4位に位置づけた。堅実な背景を持つ学生を、より高い所得のキャリアへと導くことに成功している点が評価されたのだ。
高等教育が依然として経済的機会をもたらすのかを疑問視する声がある今、スタニスラウス校のような機関は、公立大学の学位がなおこの国で最も強力な上昇移動のエンジンであり得ることを、静かに証明している。
この種の公立大学が、名門私立大学のように見出しを独占することはめったにない。だが、米国経済において過大ともいえる役割を担うとき、とりわけカリフォルニア州セントラルバレーのような地域では、存在感を放つ。
地域の雇用主はスタニスラウス校の卒業生に大きく依存している。近隣モデストに本社を置き、世界最大級のワイン生産者であるE. & J. ガロ・ワイナリーでは、管理職社員の60%超がスタニスラウス校の卒業生だという。
「地域で人を育てれば、その人は地域に残ります」とリオス=エリスは語った。「彼らは事業を立ち上げ、コミュニティに奉仕し、地域経済を強くするのです」
AI経済に向けた学生の準備
今日の大学リーダーがそうであるように、リオス=エリスもまた、人工知能が教育と仕事をどう変えるかを考えている。
カリフォルニア州立大学システムは、学生が新しいテクノロジーを恐れるのではなく共に働けるように、各キャンパスでAIツールを統合する取り組みを積極的に進めてきた。
ただし、リオス=エリスはテクノロジーの役割をどう語るかに慎重である。
「AIはプロセッサーであり、思考者ではありません」
彼女は、大学は機械が再現できないものに注力すべきだと考える。批判的思考、倫理的判断、創造性、そして感情的知性である。
言い換えれば、AIは情報処理を加速させ得るが、人間のリーダーシップは不可欠なままだ。
「学生にはこう伝えています。AIは道具として使いなさい」と彼女は語る。「でも、思考者であることは決してやめないでください」
文化的リーダーシップの力
リオス=エリスのリーダーシップ哲学は、ラティーノ文化の伝統、とりわけファミリスモ(家族への忠誠)、コンフィアンサ(信頼)、シンパティア(調和的な関係)といった概念から強く影響を受けている。
彼女は、そうした価値観が、多くの学生に見られるレジリエンスを説明すると考えている。
「学生の多くは働きながら通学しています」と彼女は語った。「家族で初めて大学に進学する人も多い。彼らの決意は並外れています」
卒業式では、学生が角帽に両親や祖父母を讃える言葉を書いているのを目にすることが多いという。
「あなたは何も持たずにここへ来て、私にすべてを与えてくれました」と書かれた帽子もあった。
そうした瞬間は、スタニスラウス校のような大学がなぜ重要なのかを思い出させる。
「彼らは学生を教育しているだけではありません」と彼女は言う。「家族とコミュニティを変革しているのです」
分断の時代におけるリーダーシップ
会話は、建国250周年を迎えるにあたっての、より広い社会状況にも及んだ。
政治的分断、経済的不安、急速な技術変化が、この国に不確実性の感覚をもたらしている。
リオス=エリスが懸念するのは、市民的信頼の侵食である。
「私たちはどうして道を見失ってしまったのでしょうか」と彼女は問いかけた。
彼女の答えは、再びカリーニョの原則へと戻る。説明責任、思いやり、尊重に根差したリーダーシップの在り方である。
「絶え間ない分断を超えなければなりません。左か右か、保守かリベラルか」と彼女は語った。「そうしたラベルは、問題解決に役立っていません」
彼女によれば、大学は、異なる背景の人々が集い、議論し、知的に成長できる数少ない場所であり続けている。
「大学は、人が進化する余地をつくります」と彼女は語る。
そして国がいっそう断片化しているように感じられる今、その対話の空間はこれまで以上に重要かもしれない。
次世代への助言
リオス=エリスはまた、国内各地で主要大学を率いる女性リーダーが増えている、その世代の一員でもある。
学術界でリーダーを目指す女性にどんな助言を送るかと尋ねると、答えはシンプルだった。
「自分にはまだ準備ができていないと決めつけないでください」と彼女は語った。「正直なフィードバックを求め、進化し続けてください」
女性は、知的厳密さと感情的知性という独自の組み合わせを、組織のリーダーシップにもたらすと彼女は考えている。
その融合──IQとEQ──こそが、これから数十年の大学や職場に最も必要とされるものかもしれない。
リオス=エリスにとって、大学学長の役割は最終的に1つの問いに収れんする。
私たちは、学生──そして労働力──に、どのような未来を築く準備をさせているのか。
彼女にとって答えは、アクセスと機会から始まる。
スタニスラウス校ではそれは、多様な学生──その多くが家庭で初めて大学に進学する第一世代──が、カリフォルニア州セントラルバレー経済を動かすキャリアに踏み出せるよう備えることを意味する。農業とワインから、医療、教育、新興テクノロジーまで。リオス=エリスは同大学を、個々人の成功を後押しする発射台であると同時に、地域の繁栄を支える重要なエンジンだと見ている。
未来の労働力を築く
スタニスラウス校では、そのビジョンがすでに、セントラルバレー全域の教室、研究室、そして地域連携の現場で形になりつつある。
学生たちは、農業、医療、教育、テクノロジー、ワイン産業といった、地域の経済的未来を規定する分野でのキャリアに備えている。国を養い、カリフォルニア州の最重要経済回廊の1つを支える地域において、同大学は、第一世代の学生を、コミュニティと産業を率いるプロフェッショナルへと変えるための重要なパイプラインになっている。
だが、リオス=エリスは、学生が踏み込む世界においては、技術訓練だけでは十分ではないと考える。次世代のリーダーは、違いを超えて協働する方法、急速な変化に適応する力、そしてテクノロジーが経済を変える中でも目的意識に根差し続ける姿勢を身につけなければならない。
「多様な思考のための余地をつくらなければなりません」と彼女は語った。「停滞しているものは何もない。私たちは皆、進化しているのです」
その見方は、硬直したラベルを退け、成長と対話、未来への共同責任を受け入れるリーダーシップ哲学を映し出す。リオス=エリスにとって大学は、そうした進化がなお起こり得る数少ない場所であり続ける。学生が、働き方だけでなく、考え、聴き、率いることを学ぶ場所である。
最後に、建国250周年を迎えるにあたり、この国の未来は、明日の労働力だけでなく、それを形づくる市民をも教育しようとするリーダーと機関に、部分的にはかかっている。
リオス=エリスはそれを実行している。彼女が成功すれば、スタニスラウス校を巣立つ卒業生は、技術スキル以上のものを携えて労働市場に入るだろう。知性、レジリエンス、そしてカリーニョに根差したリーダーシップのモデルを受け継いで。
寄稿者注:リオス=エリス博士との対談(編集版)の全編は、YouTubeで視聴できる。



