『バベルの塔』という世界的な名画がある。『旧約聖書』の「創世記」に登場するバベルの塔を描いた、ブリューゲルの3作品のうちの1つだ。この絵には不思議な点がある。
本当の教養は額縁の外にある。美術史作家、美術史ソムリエの井上響さんが誰もが知っている名画の誰かに話したくなる48の物語をつづった『ムンクは何を叫んでいるのか』(サンマーク出版)から2つの名画の物語について一部抜粋、再構成してお届けする。
◼️ノアの大洪水を生き延びた人類の子孫たちが建てた
なぜ世界一高い塔には「誰も住んでいない」のか?
→ 神に挑戦するための塔だから
『バベルの塔』(1565)
作者:ピーテル・ブリューゲル
所蔵:ボイマンス美術館
雲を突き抜け、天まで届きそうな巨大な塔。
よく見ると、無数の窓があり、テラスがあり、人々が働いている。
まるで巨大な高級マンションのようだ。
しかし、おかしなことがある。
これだけの規模の建築物なのに、人々は建設作業をしているだけで、誰一人として「住んでいない」のだ。
なぜ、誰もこの塔に住まないのか?
答えは単純。この塔は、人が住むために建てられたものではないからだ。
では、何のために?
聖書によれば、この塔を建てたのは、ノアの大洪水を生き延びた人類の子孫たち。神は洪水の後、ノアとその家族にこう命じた。
「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」
( 『旧約聖書』「創世記」9:1 )
つまり、全世界に散らばれ、という命令だった。
しかし人々は、その命令に背いた。彼らは言ったのである。
「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」( 『旧約聖書』「創世記」11:4 )
この塔は、神への反逆の証だったのだ。天に届く塔さえあれば、みんなここに集まって暮らせる。散らばる必要などない。そう考えたのだ。



