真山仁によるビビッドなシミュレーションへの期待:柳川範之
今のように未来が混沌としている時代に求められているもの。それは様々な可能性に対する、緻密なシミュレーションではないだろうか。
我々は、不吉なことはできるだけ口に出さないという文化を持っているし、不都合な事態はあまり考えたくないという心理的バイアスもどうしても働きがちだ。しかし、起こって欲しくないことでも、きちんと起こる可能性を考えて、起きた場合に対する準備や対応策を考えておかなければならない。というのは、我々が東日本大震災そしてそれに続く福島の原発事故の経験によって、改めて認識した苦い教訓のはずだ。
災害や危機は必ずしも予想した通りに起きるとは限らない。だから一つの可能性だけではなく、様々な可能性を多層的にイメージし、それに対するプランB、プランCをしっかりと考え、具体的な対処法を設定すること。経済危機のように、多方面にわたって大規模なインパクトがある事象であればなおさら、そういう綿密なシミュレーションが必要になる。
しかし、これがなかなか容易なことではないのだ。いろいろな可能性があり過ぎるし、悲惨なことを想像したくないという心理的作用もあり、具体的にどうなるかをイメージすることが実はなかなか難しい。
そこで、真山仁のような作家の手が威力を発揮する。「農作業や漁船に必要なガソリンが不足し、高騰して使えなくなった。牛やブタ、鶏のエサや全て輸入に頼っていたために、調達が不能になった。安かった輸入牛肉も手に入らない。あらゆるものが枯渇した」─。想像したことをあたかも見てきたかのように、リアルに読者に見せる力。これこそが、我々が未来の、特にあまり考えたくない未来の可能性を検討するために必要な武器ではないだろうか。
こういう書籍の出版の話を聞くと、変な不安を煽ってどうするのだという批判であるとか、逆に、これこそが予言の書だという変な信奉も、どうしてもかえってきそうだ。しかし、そういうことではないのだ。デフォルトの可能性が高いか低いか、あるいは描かれる現実が本当に実現するかどうかという問題ではない。我々が頭に入れておくべき重要なシミュレーションの一つとして、真山仁が具体化して見せる経済危機、デフォルトピアの具体的姿が世の中に提示され、人々の頭の中でいくつものプランB、プランCの検討がなされることを期待したい。
柳川範之(やながわ・のりゆき)◎東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授。慶應義塾大学経済学部卒、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。慶應義塾大学経済学部専任講師、東京大学大学院経済学研究科助教授、同准教授を経て2011年より現職。専門は金融契約、法と経済学。著書に『法と企業行動の経済分析』(日本経済新聞社出版)、『契約と組織の経済学』(東洋経済新報社)ほか。


