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2026.03.07 09:11

パラリンピックに学ぶ、組織を強くする3つの視点

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国際オリンピック委員会(IOC)に認定された最初のパラリンピックは1960年にイタリアのローマで開催された。しかし、アクセシブルな国際スポーツ大会の歴史は1世紀以上にわたる。1924年に始まったデフリンピック、ルートヴィヒ・グットマンが1948年に始めたストーク・マンデビル競技大会、そして1968年のスペシャルオリンピックスなどがその例である。ストーク・マンデビル競技大会は、同名の病院があるイングランドで始まった。グットマンは第二次世界大戦で脊髄損傷を負った患者の治療に携わるなかで、この大会を創設した。ストーク・マンデビル競技大会は1952年に国際化し、その後も拡大を続け、現在のパラリンピックの礎となった。

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「パラリンピック」という名称がIOCに承認されたのは1984年だが、1960年大会(当時は国際ストーク・マンデビル競技大会として知られていた)のすべての競技は、現在ではパラリンピックとして位置付けられている。名称は当初、対麻痺の人々(paraplegics)との関連から生まれたが、大会が拡大して多様なアクセシブル・スポーツを含むようになるにつれ、オリンピックと並行して行われる(parallel)という点も、正式名称として採用された動機の1つだとされる。大会の驚異的な成長と、選手、コーチ、支援者の功績は、あらゆる業界のリーダーにとって手本となり得る。

従業員に配慮し、成功への異なる道筋を用意する

パラリンピックの発展は、適応機器の導入やルールの調整、その他の支援といった一定の配慮があれば、さまざまな競技で最高レベルに挑めるエリート選手の数が増えることを示してきた。最初のストーク・マンデビル競技大会の出場者は16人だったが、パラリンピック・ムーブメントは飛躍的に成長し、2026年大会ではイタリアに665人の選手が参加すると見込まれている。

リーダーは、パラリンピックの進化から、業務の進め方の違いに配慮し、最終的に組織や業界で成功へ導くための教訓を得られる。例えば、従業員が働く時間に柔軟性を持たせるといったシンプルな対応でもよい。従業員が異なる責任や時間的制約を抱えながら業務を進めなければならない場合に、それに合わせるためだ。ここには、親など家族のケアを担う人、学校に通う人、あるいは標準的な9時から17時の枠外のほうが効率よく働ける人も含まれる。こうした対応は、ときに恣意的な時間の期待値に合わせるストレスを軽減するだけでなく、これらの責任を通じて培われがちなスキルセットを持つ従業員の定着にもつながる。

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身体的または感覚的な特性の違いを持つ人に有益と見なされがちな多くの配慮は、実際には多くの人に役立つ。会議の録音、字幕や文字起こし、メール・対面・音声など複数の手段でのコミュニケーションがその例だ。また、照明、オフィス設計、騒音、全体のアクセシビリティを評価し、誰にとっても快適な環境を整えることは、すべての従業員がより歓迎されていると感じ、より効率的に働く助けになる。

従業員が「見られている」と感じられるようにする

アクセシブル・スポーツの成長における最大の障害の1つは、可視性と必要な機器へのアクセスだった。学校やユーススポーツ団体がこうした競技の機会を提供し始めたのは最近であり、適応機器を用意してさまざまなスポーツや種目への参加を可能にしている高校や大学は一部に限られる。2026年大会には6競技79種目が予定されている。また、独占的な放映権を持つNBCは、パラリンピック全体を放送しないこと、大会を十分にプロモーションしないこと、そしてオリンピックに比肩するような網羅的かつプライムタイムの放送が欠けていることをめぐり批判を受けてきた。さらに問題を深刻にしているのは、パラリンピック予選を含む主要なアクセシブル・スポーツ大会、世界選手権や国内選手権が、ほとんど報道されない、あるいはまったく報道されないという事実である。

デジタル時代であっても、アクセシブル競技のアスリートが十分に可視化されないことは常に課題だった。組織においても同様に、従業員が忘れられている、見過ごされていると感じれば、業務の効率や質が低下する可能性がある。従業員が見られ、評価されていると感じられるようにすることは、個人の士気を高めるだけでなく、最高レベルで成功するアクセシブル競技の選手の姿を見るのと同様に、組織の他の人々にとっても模範となり得る。組織の成功はスタッフにかかっている。ゆえにマネジャーは、良い仕事や成果を確実に認めなければならない。それが、すべての従業員にとってより前向きな環境を築く。

支援のコミュニティを育む

どのエリート選手もそうであるように、パラリンピアンはコーチ、トレーナー、愛する人々の支援に頼っている。この支援は、すべての選手が直面する障害だけでなく、トップレベルのアクセシブル競技の選手に固有の課題を乗り越える助けとなる。アクセシブル・スポーツの機会が増えたとはいえ、参加できる人やアクセスできる人は少数にとどまる。しかし、その独自の経験は、アクセシブル競技の選手コミュニティの支援のなかで共有される。これにより選手は競技への関与を保ちながら、人間関係を築き、競技人生の浮き沈みを乗り越える助けを得られる。

同様に、従業員がマネジャーや同僚によって育まれた支援的な環境のなかで働くとき、組織は強くなる。透明性のある意思決定、オープンなコミュニケーション、そしてウェルビーイングへの配慮を通じて支えられていると従業員が感じれば、職場へのエンゲージメントが高まり、最終的に燃え尽き症候群を回避できる可能性が高くなる。戦略には、柔軟な働き方の提供、成果の認知、ワークライフバランスの促進、チームや部門間の強い結びつきの醸成が含まれる。これらの取り組みは従業員の定着率を高め、協働を促し、組織内の仕事の質を改善する。

forbes.com 原文

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