2月も終わりに差しかかるころ、春はまだ遠いと感じられる。春が永遠に続くかのようなハワイでさえ、真冬の憂うつに見舞われることはある。新年の高揚感も薄れ、世界がどこか疲れて見えてくる。
外の天気にうんざりしていると言いたくなるかもしれない。だが、その憂うつは、しばしば内側で起きていることから生まれる。疲労を感じる人もいれば、落ち着かず、いら立ち、理由もわからないまま感情が平板になる人もいる。私たちは季節とリズム、光と闇、ぬくもりと冷えの中で生きる存在だ。そういうふうにできている。
そして、話しているのは天候だけではない。私たちは毎日、多様な環境を行き来している。ある時間にはクラクションを鳴らしながら渋滞を抜け、次の時間には職場で何時間も過ごす。ひとりでキュービクルに座っているかもしれないし、工場や現場、畑でチームとして働いているかもしれない。その後、夕暮れには、公園を歩いたり、森の小道を愛する人と手をつないで歩いたりする。
人生の場所と速度は、夏の嵐が押し寄せるように、瞬く間に変わりうる。私たちを取り巻く空気は、身体、心、精神に深く影響する。過去の経験の影響は、良い面でも悪い面でも、何年も、あるいは一生にわたって残りうる。神経系は常に脅威の兆候や安全の手がかりを探し、心拍、呼吸、ストレスホルモンの量を調整している。嵐は昨日だったとしても、今日も雷鳴が聞こえることがある。
これは私自身の経験に基づく話だ。私は、生き延びるための環境と、癒やしの環境の両方を知っている。両親が私を密かに国外へ連れ出したとき、私はカンボジアでまだ乳児だった。だが、私の身体は、周囲にあった危険、不安定さ、絶望を覚えている。そうした印象は私に刻み込まれた。難民としての幼少期は、成功するには逃げなければならない、と身体に教えた。同時に、安全は家族のそばにあるのだとも学んだ。
その幼いころの空気は、私の中に警戒と防御の感覚を強めた。神経系は、何が起きてもいいように身構えていた。その姿勢はキャリア初期まで続き、私は安全と同一視した成功を追い求めていった。
その後、全国規模で成長した事業を売却し、私はハワイへ渡った。海から山頂まで、対比と調和に満ちた土地である。ここで私は'ohanaの精神に出会った。個人が全体の幸福を支え、全体が個人の幸福を支える、相互の思いやりと真の家族の文化だ。
呼吸が深くなっていくのを感じた。古いストレスのパターンが和らいだ。心が軽くなった。同じ自分のまま新しい世界に身を置き、この環境が私の精神の若返りに大きく関わっていることがはっきりした。私は「美の中を歩いて」いた。
研究は、こうした経験が特別ではないことを示している。自然の中で過ごす時間は、コルチゾール値の低下、免疫機能の改善、思考の明晰さの向上、睡眠の質の改善と関連づけられてきた。しかも、短時間の接触の後でさえ、その効果が見られることがある。屋外を歩く、庭いじりをする、森の空気を吸うといった簡単な習慣でさえ、身体を落ち着かせることが示されている。
慢性的な散らかり、騒音、過密、過剰な刺激はストレスホルモンを増やし、神経系を疲弊させる。一方で、光、秩序、リズム、美しさは、感情の調整と精神の明晰さを支える。自分に問いかけてみてほしい。この空間と、そこにいる人々は、私を落ち着かせるのか、それとも緊張させるのか。
環境的ウェルネスは、環境の中でどれほど安全だと感じるか、そして心がどれほど開いていくかにかかっている。周囲の環境と、私たちを取り巻く人々の双方が重要な役割を果たす。両者が相まって、私たちが身構えたままでいるのか、少しずつ力を抜けるのかを左右する。
身体を癒やす助けとなる同じ環境は、より深い何かを開くこともある。研究では、自然の中で過ごす時間が情緒的なウェルビーイングを高めることが示されている。畏敬、意味、精神的なつながりの感覚を強め、多くの人が「神の近さ」を感じると報告している。
The Well Methodは、私たちの生活の全体的な生態系と、心、身体、精神に影響を及ぼす数多くの力に目を向ける。その中でも環境はとりわけ重要だ。ウェルネスは、空間を整える、外へ出る、静けさのひとときを受け入れるといった日常的な選択から育つ。どんな季節でも、私たちは「美の中を歩く」ことを選べる。



