いちから新たに社内カルチャーを育てるために、組織がすべきこととは。出処さまざまなエンジニアを擁する博報堂テクノロジーズは、その問いに「オープンであること」で答えた。草の根から始まった文化醸成の活動は、「たこつぼ化」しがちなセクター間の壁を溶かしていく。推進メンバーに聞く、エンジニア集団ならではの「組織のエンジニアリング」。
約4年前、博報堂テクノロジーズ設立初期には、複数の「異なるDNA」が混在していた。グループ内外から集ったエンジニアたちがそれぞれに抱いていた仕事への姿勢、価値観、美学はバラバラ。独自の成功体験を持つプロフェッショナルたちが一つの旗印の下に集ったとき、すぐさま相乗効果を生むのは難しい。
もともとひとつではなかった文化を束ねて新たな組織カルチャーを興すことを期待され、Be Open推進室が組織されたのは創業後約1年のこと。今回話を聞いたのは、推進室長の糸永洋三、同室のメンバー木下莉那、現場ではたらくエンジニアである髙橋正憲の3人。それぞれの視点から、Be Openの核心を紐解く。 木下:「会社のことをちょっと好きになる」をコンセプトに据えた、組織横断の活性化プロジェクトです。博報堂テクノロジーズは、グループ各社からエンジニアの出向者が集まって立ち上がりました。元いた組織によって評価制度や文化が大きく異なり、まさに「それぞれが別の文化を持ち込んだ」ような状態でした。設立当初はセンター(部門)単位で分断され、隣の部署の動きすら見えませんでした。その垣根を突き崩し、一社として相互理解と相互作用を立ち上げるために生まれました。 糸永:「センターごとに考え方がまるっきり違う」という表現が、当時のリアルな感覚です。本来は接点のなかった多様な母体のプロフェッショナルが混在し、当初はそれぞれが独立したまま動いていました。一見すると個別最適で効率的に見えても、実態は「たこつぼ化」です。そのままではナレッジが循環せず、学び合いによる「組織学習」も立ち上がらない。単に人を寄せるのではなく、境界を越えた相互作用を起動する“装置”が必要だと判断しました。 髙橋:2023年7月の入社当時、横のつながりの欠如は深刻でした。私の所属先も元いた組織がそのままスライドしたような構成で、そこに中途採用の私が一人で加わる形。内部進学生ばかりのクラスに、学期末の転校生として放り込まれたような心細さがありました。同じエンジニアが他部署にもいるはずなのに、つながる術がない。居場所を求めるようなもどかしさが、当時の素直な感触として残っています。 髙橋:確かに、AIやデータサイエンスといった専門領域の「言語」を介せば、思いを通わせることは可能でした。 ただ、仕事上の接点がない以上、分断という構造の壁は個人の努力だけでは越えがたい。けれど裏を返せば、「エンジニアリング」や「未知の技術」という共通項をハブにできれば、センターの壁を越えられるはずだ。そんな可能性を、もどかしさの反面で強く感じていました。 糸永:文化は一朝一夕に成るものではありません。当初は「まずは各々の持ち場で」という空気もありましたが、それでは「たこつぼ化」を避けられないという強い危機感がありました。 組織にムーブメントを起こし、エンゲージメントを底上げする工夫を“仕組み”として形にする。そのために各センターからメンバーを募り、30名規模のプロジェクトとして「Be Open推進室」を正式に立ち上げました。 木下:最初は本当にスモールスタートでした。エンジニアが日常的に使うコミュニケーションツールを、もっとオープンに活用しようという有志の呼びかけが起点です。私自身は技術者ではありませんが、エンジニアの皆さんは技術的な興味やスタックを通じた交流が得意なはずだと感じ、そのきっかけ作りができればと思い参画しました。ランチ会などの小さな企画を積み重ね、手応えを確かめながら、2024年度からは運用の指標も定めて、本格的な組織へ移していきました。 糸永:一橋大学名誉教授でいらした野中郁次郎先生(経営学)にインスパイアされて実施した「知的コンバット会議」の存在が大きかったです。会社を良くするために、新しい制度設計や相互理解について議論を戦わせる場を設定しました。そこで「広告出身者とエンジニアがいかに相互理解を図れるか」といった問いを重ね、アイデアを施策へ落としていきました。 リモート前提の働き方が定着している今、日常的にリアルな場で接点を持つのは容易ではありません。だからこそ空間的な課題は「仕組み」で補う必要がある。年に一度の全社イベント「Be Open Fes」や、2カ月に一度、夜のオフィスでビールを片手に語り合う「-Beer Bash-」を企画しているのはそのためです。意識的に“場”をつくり、そこで生まれたつながりを仕事の成果へつなぐのが、私たちの現在地です。 木下:軸は「社員交流」「組織活性」「情報」の3つです。フットサル部やボードゲーム部、Kaggle部といった部活動や勉強会、全社イベント「Be Open Fes」、アワード(社長賞)、エンジニアが使うコミュニケーションツールの活用推進まで、多角的な施策を展開しています。 もちろん施策の運営も大切な役割です。ただ、それ以上に大きな変化として感じているのは、旗を振り続けてきたことで、「どのセンターに相談すればいいか分からない」という社内やグループ外からの声の受け皿として機能し始めていることです。今では、博報堂テクノロジーズの"総合受付"のような存在になりつつあると実感しています。 糸永:センターを越えたつながりを生み出す施策としては、他部署の業務を知る『ショーケース』、エンジニアの熱量が立ち上がる『ハッカソン』などが典型です。博報堂DYグループという巨大な母体の中で、500人規模の私たちが一つの意志を持って動くには、横断の相互作用を支える土台が要る。取り組みの積み重ねが、帰属意識や自発性を支える“下地”になると確信しています。 髙橋:仕事の進め方の手触りが、根本から違いました。エンジニアはまずゴールを設定し、やるべきことを分解して、論理的に仕組み化して進めていきたいものです。 ところが、広告の方々は「人に届けること」「相手の心」を何より大切にしていて、ある種の曖昧さを抱えたまま全力で向き合っています。そこにはパキッとした正解がない代わりに、別の確かさがあります。 たとえば、上司に技術ブログのレビューを頼んだとき、返ってきたのは技術的な妥当性の指摘ではなく「読後感」でした。「これを読んだ人は、何を持ち帰り、どんな感情になるのか。あなたが届けたいものは何なのか」と。世の中で一般的に言われていることではなく、「あなた自身の気づきはどこにあるのか」と深掘りされたのは、驚きました。 木下:私たちの旗振りに応えて、「それなら自分はこれをやりたい」と手を挙げる人が増えてきました。髙橋さんもその一人です。今は部活動をきっかけに業務外の交流が生まれ、そこからデータサイエンスのコンペ(Kaggle)に向けた取り組みが立ち上がるなど、自発的な動きが加速しています。単なる「参加者」ではなく、共に文化をつくる当事者としての自覚が、確実に芽生え始めているのを感じます。 糸永:「Be Open」の精神が現場へ受け継がれている象徴的な例が、髙橋さんが主宰する「エンジニアリングニュース読み会」です。現場発の小さな動きが、組織全体の熱量を押し上げる。制度としての施策も大切ですが、こうした芽を組織がどう拾い上げ、育てるか。髙橋さんの活動は、私たちが目指していた“オープンな魂”が現場で形になってきた手応えの一つです。 髙橋:旗振り役が増えてきたという感覚は、私自身も強く実感しています。私が始めた「エンジニアリングニュース読み会」も、当初は数名でのスタートでしたが、細く長く続けるうちに、今ではチャットツールのチャンネルに約70名が参加するまでに広がりました。こうしたコミュニティの基盤ができたことで、最新技術を検証したいと声を上げた際にも、「一緒にやりたい」とすぐに仲間が集まる。草の根の活動が、大きなうねりへと変わりつつあります。 髙橋:週に一度、1時間の枠で気になった技術トピックや論文を共有する、カジュアルな勉強会です。前職ではこうした仕組みがリーダーから後輩へ引き継がれる文化として根付いていましたが、入社当時のこの会社にはまだありませんでした。扱う内容は最新のAI論文や他社の技術ブログなど専門的ですが、自分の言葉で解説し合うことで、技術的な好奇心をハブに、センターの壁を越えてつながる場として機能しています。 木下:2025年12月のアドベントカレンダーです。エンジニアの間で毎日、交代制でブログ記事を投稿する企画でしたが、前年は準備が間に合わず断念しました。2025年は髙橋さんの声をきっかけに、開発以外の職種も含めた約30名でスタートさせることができて、クリスマスまでの25日間を完走できました。技術ブログの制度自体は以前からありましたが、こうした祭典を公式に実施し、部署を越えた連携が当たり前になったこと自体、Be Open推進室立ち上げ当初の3年前とは全く違う景色です。 髙橋:私が最新のAIコーディングエージェントの検証をしたいと声を上げたとき、Be Open推進室が拾い上げ、社内で検証が動き出しました。すでに「エンジニアリングニュース読み会」というコミュニティは1カ月単位で変わっています。こうした過渡期において、博報堂DYグループの基盤を持ちながら、500人規模の身軽な組織であることは大きな強みです。基盤があったおかげで、共に検証を志す仲間もすぐに集まった。草の根の活動が積み重なったことで、現場の意思が形になるまでの距離が、確実に短くなってきているのを実感しています。 糸永:髙橋が新しいツールに着目したとき、私は「まずはなるべくスピードをはやく、そしてオープンに現場の要望に応えてみよう」と考えました。博報堂DYグループは巨大ですが、博報堂テクノロジーズは500人の規模です。稟議を重ねて半年後に決まるようでは、エンジニアの熱量は保ちにくい。最低限のリスク管理さえできていれば、できるだけ早く新しい技術をまずはとにかく試してみる!──それが、エンジニアリング特化組織としての矜持だと思っています。 糸永:最終的に目指すのは、単なる制度の充実ではなく、「こういうことを提案していいんだ」と誰もが思える“オープンな魂”が組織に満ちた状態です。博報堂という名を持つからこそ、テクノロジーで広告を拡張し、産業全体にポジティブな影響を与えたい。その精神が広がっていくための受け皿でありたいと考えています。 髙橋:私たちはまだ、完成された組織ではありません。だからこそ「文化を作る側」に回りたい方には、これ以上ない環境です。今、AIによってエンジニアの働き方は1カ月単位で変わっています。こうした過渡期において、博報堂DYグループの基盤を持ちながら、500人規模の身軽な組織であることは大きな強みです。 AIが進化しきった先で、エンジニアに残る本当の価値は「How(どう作るか)」ではなく、「What(何を作るか)」と「Why(なぜ作るか)」のアイデア勝負になるのではないでしょうか。技術的なディテールはAIが担い、人間は「クライアントや生活者に驚きを届けるために、どんな仕掛けが必要か」という発想に特化していく。そのためには、自分とは全く異なる職種の人のアイデアを統合する力が不可欠です。広告のクリエイティビティとエンジニアリングが混ざり合うこの場所は、そうした力を鍛えるための、世界でも稀有なサンドボックスだと思っています。 糸永:博報堂という名を持つ私たちが、テクノロジーに特化した組織を持つ意義は大きい。もしこの組織がなければ、グループ全体のAI活用やデータの統制は、統一の軸を欠きかねなかったでしょう。私たちは、技術で広告を拡張し、新しい価値へつなぐハブであり続けたい。制度や文化を自らアップデートし続ける「オープンな魂」を持つ方と、この壮大な実験の続きを描けることを楽しみにしています。 いとなが・ようぞう◎慶應義塾大学商学部卒業、2000年博報堂入社。営業職担当後、インターネットメディア領域を担当。その後社内ベンチャー経営、デジタル系関連会社を経て、現在博報堂テクノロジーズメディア事業推進センター副センター長・Be Open 推進室室長、博報堂メディアビジネス基盤開発局局長補佐ならびにSOテクノロジーズ執行役員に従事。個人では社会人競技麻雀リーグ企業対抗戦に博報堂チームの一員として参加中。 きした・りな◎2015年、人材系ベンチャーに新卒入社。求人広告営業を経て、IT企業にてエンジニアの中途採用および新卒育成を担当。採用戦略の設計から育成制度の構築、組織活性施策の推進まで幅広く従事。2023年より博報堂テクノロジーズに参画し、採用広報を軸にエンジニア組織の採用・人材育成・カルチャー醸成を推進。 たかはし・まさのり◎2021年に通信企業へ新卒入社し、コンピュータビジョン領域の研究開発に従事。2023年に博報堂テクノロジーズ入社。広告領域におけるAI・データサイエンス業務を担当し、視聴率予測モデルの改善やAIエージェント開発に取り組む。社内では部署横断の技術コミュニティ活動や勉強会を推進するほか、社外向けの技術発信や書籍執筆にも取り組む。設立当初にあった「たこつぼ化」の危機感
――Be Open推進室は何のために生まれた組織ですか。
草の根から「制度」へ。Be Open推進室誕生
――組織文化は、意図して設計したのですか。
現場に広がるオープンの精神
――エンジニア視点で、広告分野と働き方の手触りはどう違いましたか。
文化を「つくる側に回る」という選択
――これから博報堂テクノロジーズへ加わる方へ、メッセージをお願いします



