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2026.02.27 15:00

患者1人約3億円の遺伝子治療を「誰もが使える医療」へ、ノーベル賞科学者が挑むエコシステム構想

ジェニファー・ダウドナ(Photo by Miikka Skaffari/Getty Images)

ジェニファー・ダウドナ(Photo by Miikka Skaffari/Getty Images)

遺伝子を自在に切断・改変できるゲノム編集技術「CRISPR(クリスパー)」。2020年にノーベル賞を受賞したこの技術は、関係者が「今のAIブームのような存在だった」と振り返るほど、かつて米国のビジネス界で過剰な期待と巨額の投資を集めた。しかし現在、その商業化は厚い壁にぶつかっている。臨床試験の複雑さや開発コストの高騰から、多くの新興企業が人員削減や事業停止に追い込まれているのが実態だ。米国でようやく承認された初のCRISPR治療薬は、患者1人あたり約3億4000万円という超高額に設定されており、深刻な医療格差の問題を突きつけている。

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こうした状況を打破するため、CRISPRの共同開発者でもあるジェニファー・ダウドナ(61)は新たな動きを見せている。彼女は自らが率いる研究所を中核に、ベンチャーキャピタル(VC)や慈善事業家を巻き込んだ10億ドル(約1550億円)規模のエコシステム構築に着手した。その目的は、遺伝子治療のコストを抑え、誰もがアクセスできる医療として普及させることだ。

乳児のDNAを修復する個別治療が、遺伝子編集における重要な節目に

2024年8月に生まれたある乳児は、元気がなく、母乳も口にしなかった。担当医は強い懸念を抱き、検査を進めた結果、体内のアンモニア濃度が危険な水準に達していることが判明した。KJ・マルドゥーンという名前のこの乳児は、多くの場合、命を落としかねない希少な代謝異常症を患っていると診断された。

この状況を受けて、ダウドナが率いるイノベーティブ・ゲノミクス研究所(IGI)の研究チームと、フィラデルフィア小児病院およびペンシルベニア大学医学部の医師が動き出した。彼らは、CRISPRを用いた遺伝子編集で乳児のDNAを修復する個別治療の開発に全力で取り組んだ。チームはわずか6カ月で治療法を設計し、米食品医薬品局(FDA)から異例の速さで承認を取得した。ライフサイエンス大手ダナハーとも協力して専用の遺伝子治療薬を製造した。乳児はその薬剤の初回投与を2025年2月25日に受け、現在は1歳半の健康な幼児へと成長している。

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今回の成果は、ダウドナが10年以上前に立ち上げに関わった比較的新しい分野である遺伝子編集にとって、おそらく最も重要な節目となった。しかし当のダウドナでさえ、医師と科学者からなるチームがこれほど短期間で命を救う治療法を生み出したことに衝撃を受けた。

CRISPR研究の功績によって、ダウドナは2020年のノーベル化学賞を受賞

「本当に驚いている。この技術のことはよく理解しているが、それでもなお、衝撃を受けている」とダウドナはフォーブスに語る。

彼女が「よく理解している」と語るCRISPRは、そもそも彼女自身が基盤を築いたものだ。遺伝子を特定の場所で切断・改変できる「分子のはさみ」のようなこの技術は、遺伝子編集という分野の科学的基盤となっている。

ダウドナは、フランス人の生化学者エマニュエル・シャルパンティエとともに、CRISPR研究の功績によって2020年のノーベル化学賞を受賞した。カリフォルニア大学バークレー校にある彼女の研究室は、CRISPR関連企業を立ち上げる学生を数多く輩出する拠点となっている。

次ページ > 応用範囲を医療・農業・気候分野にも広げることを目的に、IGIを2015年設立

翻訳=上田裕資

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