遺伝子編集分野の企業に投資するため、数億円規模から始める小規模ファンドを構想
ダウドナは現在、新たな構想を温めている。数千万ドル(数億円)規模から始める小規模ファンドを立ち上げ、VCの資金や慈善資金、大学のリソースを組み合わせて、遺伝子編集分野のアーリーステージの企業に投資する計画だ。彼女は、すでに財務アドバイザーと協議を進めているこの取り組みが、農業分野のようなリスクの高いプロジェクトに特に有効だと考えている。
治療の成功を足がかりとして、小児CRISPR治療センターを設立
ダウドナはまた、冒頭で触れた乳児KJの治療に成功したことを足がかりに、次の展開を進めている。2025年7月、IGIはチャン・ザッカーバーグ・イニシアチブから2000万ドル(約31億円)の資金提供を受け、「小児CRISPR治療センター」を設立した。その目的は、重篤な遺伝性免疫疾患や代謝疾患を抱える8人の子どもに対し、個別化CRISPR治療を開発することだ。IGIのエグゼクティブディレクター、ブラッド・リンガイゼンは、将来的には脳や腎臓の複雑な疾患を含め、対象を1000疾患へと拡大したいと考えている。そのためには1億〜2億ドル(約155億円~約310億円)規模の資金が必要になるという。
「フィラデルフィアでのあの子どもの治療の成功は、ほぼすべての人にその可能性を確信させた」とIGIで治療分野の研究開発を統括するウルノフは語る。「我々は、手を緩めるわけにはいかない」。
もっとも、規制は依然として大きな障壁だ。遺伝性疾患は極めて複雑で、患者ごとに症状や変異が異なることがほとんどだ。そのため理論上は、変異ごとに別々の臨床試験を行う必要があり、承認プロセスはきわめて煩雑になる。
審査方法の見直しに向けて、FDAが新たな承認プロセスを提案
しかし現在、FDAはこうした治療法の審査方法を見直そうとしている。2025年11月、FDA長官のマーティ・マカリーと、同局の首席医療・科学責任者であるビナイ・プラサドは、『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』で発表した論文で、新たな承認プロセスを提案した。その内容は、一定規模の小規模試験を経れば、同じ遺伝子の異なる変異に対して遺伝子編集治療を応用できる仕組みを整えるというものだ。
こうした規制の動きを見据え、ダウドナとウルノフはすでに新会社オーロラ・セラピューティクスの立ち上げを支援した。その狙いは、希少遺伝性疾患への遺伝子編集治療の可能性を広げることにある。オーロラは1月、メンロ・ベンチャーズから1600万ドル(約25億円)を調達し、ステルス状態から脱出した。同社のエドワード・ケイCEOは、2011年に200億ドル(約3.1兆円)でサノフィに買収されたバイオ医薬品企業ジェンザイムで10年間幹部を務めた人物だ。ケイは「我々は、この技術を商業的にも成功させられると考えている。必要とする患者に薬を届けられなければ、遺伝子編集は本来の潜在力を発揮したことにはならない」と語る。
気候変動対策のプロジェクトとして、メタン排出を削減する実証試験が進む
医薬品は開発、試験、承認までに何年もかかるが、少なくとも商業化への道筋は見えている。また、IGIが進める気候変動対策のプロジェクトの中には、先を行くものもある。その1つが、牛の腸内微生物の遺伝子をCRISPRで改変し、げっぷや排せつによるメタン排出を抑えることで、温室効果ガスの中でも特に強力なメタンを削減するという構想だ。IGIはカリフォルニア大学デービス校の研究を基盤に、TEDオーダシャスから7000万ドル(約109億円)の助成を受け、牛の腸内微生物をCRISPRで改変してメタン排出を抑制できるかどうかを検証する実証試験を、24頭の子牛で進めている。
ダウドナによれば、理想的には1度の処置と飼料のわずかな調整で効果を維持できるため、農家にとっても負担の少ない方法になるという。ただし、どのようなビジネスモデルで展開するかはまだ明確ではない。
この取り組みは、長期戦になる。がん分野に特化するVC「ヨセミテ」を率い、IGIの理事も務めるリード・ジョブズは、ダウドナの影響力を放射線研究でノーベル賞を受賞したキュリー夫人として知られるマリー・キュリーになぞらえる。「ジェニファーの影響が完全な形で現れるのは、彼女の時代を超えた先のことになるだろう。もちろん、私の生きている間でもない」と彼は言う。
ダウドナ自身も、そのようなレガシーを残すための最大の鍵は、次世代の科学者や起業家を育てることにあると理解している。「次の大きな発見を実現する最善の方法は、自分が1人で成し遂げることではない。他の科学者たちがそれを達成できる環境を整えることだ」と彼女は語った。


