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2026.02.27 15:00

患者1人約3億円の遺伝子治療を「誰もが使える医療」へ、ノーベル賞科学者が挑むエコシステム構想

ジェニファー・ダウドナ(Photo by Miikka Skaffari/Getty Images)

CRISPRの潜在力を実用へと結びつけるため、総額約1550億円の調達を目指す

ダウドナが次に挑むのは、CRISPRの潜在力を本格的に実用へと結びつけることだ。「この技術を、学術的な関心の対象にとどめたくはない。地球上のごく一部の人にしか影響を与えず、現実世界とほとんど交わらない存在にはしたくない」と彼女は語る。

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その構想の中核を担うのがIGIだ。ダウドナは今後10年間、この研究所に年間1億ドル(約155億円)規模の予算を確保するため、総額10億ドル(約1550億円)の資金調達を目指している。その狙いは、次世代の科学者を育成するとともに、個別化された遺伝子編集治療をより広く利用可能な医療へと押し上げることにある。がんのような一般的な疾患に対する治療法の開発や、農業や環境分野への応用も視野に入れる。ただし、その前提はコストを抑えた形で実装することにある。

「私が最も懸念している倫理的な問題は、アクセスと格差にある。我々の研究成果が、最終的に一部の裕福な人だけでなく、すべての人の利益につながるようにしたい」とダウドナは語る。

RNA研究の第1人者として頭角を現し、やがてCRISPRへと結び付く

ハワイで育ったダウドナが科学者を志したのは、小学6年生のときにジェームズ・ワトソンの著書を読み、ワトソンとフランシス・クリックがDNAの二重らせん構造を解明した経緯を知ったのがきっかけだった。ハーバード大学で博士号を取得した後、彼女はRNA研究の第1人者として頭角を現し、2002年にカリフォルニア大学バークレー校に着任した。

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RNAの研究が、やがて彼女をCRISPRへと導いた。ダウドナが画期的な論文を発表したのは2012年だが、その前から動きは始まっていた。教え子のレイチェル・ホーウィッツは、新たな遺伝子編集技術を医薬品へと応用するため、カリブー・バイオサイエンシズを立ち上げたが、そのタイミングは早すぎた。シリコンバレーで投資家に説明しても、CRISPRという言葉すら知られていなかった。「話があまりに壮大で突飛に聞こえたため、本気にしてもらえなかった」と、カリブーのホーウィッツCEOは振り返る。

ダウドナの研究室から、カリブーに続いてスタートアップが次々と生まれる

ダウドナの研究室からは、カリブーに続いてマモス・バイオサイエンシズなどのスタートアップが次々と生まれた。2017年創業のスクライブ・セラピューティクスは、世界的に主要な死因である心血管疾患を標的に、CRISPRを基盤とする治療法の開発に取り組んでいる。

2023年に設立されたアザレア・セラピューティクスは、従来のように患者の細胞を体外で加工して戻すのではなく、体内で直接改変する「インビボ」型のアプローチを追求する。この技術は、がん治療の選択肢を広げる可能性がある。同社は2025年11月、サード・ロック・ベンチャーズ主導で8200万ドル(約127億円)を調達し、ステルス状態から脱して本格始動した。

アザレアを率いる共同創業者兼CEOのジェニー・ハミルトンは、かつてダウドナの研究室に所属していた。彼女は2022年、IGIが創設した女性起業家育成プログラム「Women in Enterprising Science」の第1期生として参加し、初年度に15万ドル(約2300万円)の支援を受け、その後は別の財団から最大100万ドル(約1億6000万円)のシード資金を得る機会を得た。ハミルトンはダウドナの姿勢をこう語る。「彼女は、各自の専門分野では自分よりも詳しいと信じさせてくれる。自分が専門家なのだと自覚させ、その責任を引き受ける自信を与えてくれる」

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翻訳=上田裕資

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