原油価格の「セキュリティー・プレミアム(安全保障リスクにともなう上乗せ価格)」は、しばしば市場やアナリストを困惑させる。これは要は、地政学リスクに関する確率を(いまふうに言えば)「クラウドソーシング」したものであり、特定の展開がどの程度起こり得るのか、起こった場合、それがどのような影響を及ぼすのかを、不特定多数の市場参加者が織り込んだものと言える。しかし、当然のことながらリスクは「戦争になるか、ならないか」という二者択一ではない。それはむしろベイズ確率(新たな情報が入るたびに更新される条件付き確率)の連鎖であり、たとえば米国がイランのミサイル施設の攻撃に踏み切った場合、イランは報復としてペルシャ湾岸での原油輸送に攻撃を加えるのか、といった連鎖的な反応の可能性が問題になる。
歴史的な経験を振り返れば、何十年にもわたる懸念にもかかわらず、イランがホルムズ海峡を封鎖したことは一度もなく、実際に行ったのは機雷の敷設のような限定的な措置にとどまっている。イランがサウジアラビアの油田を攻撃したのも一度だけであり、その被害も限定的だった。もちろん、だからといってイランが今回ホルムズ海峡の封鎖やサウジの油田攻撃などを試みない、あるいはそれに成功しないとは言い切れないものの、過去の経験を踏まえれば恐怖はある程度抑制されるべきだろう。他方で、事態の展開次第では原油価格が急騰したり、あるいは急落したりすることは想定される。とはいえ、たいていの場合、その変動は短期的なものになると見込まれる。
まず押さえておくべきなのは、原油相場が急激に変動することはまれであり、トレーダーが状況を見極めようとするなかで少しずつ動いていくのが普通だという点である。ただし、平和から戦争へ、あるいは制裁から合意へと、事態が急に、比較的予測しがたい展開を見せることもあり得る。外交交渉は合意に向けて少しずつ前進するものだが、ときには一方が譲歩したり、双方が共通の利益を認識し合ったりしたりした結果、にわかに突破口が開かれる場合もある。
今後考えられる道筋を分析すると、さまざまな政治的展開が原油市場にどのような影響を及ぼすかについていくつかの考察が可能である。各シナリオと、原油相場(1バレルあたり)への影響、その影響が続く期間の見通しをまとめると以下のようになる。いずれも筆者自身による評価である。
・にらみ合いの継続:5〜10ドル上昇。2〜3週間後に沈静化へ
・外交での合意:10ドル下落。徐々に沈静化へ
・石油禁輸:5〜15ドル上昇。数週間ないし数カ月間
・一度限りの軍事攻撃:5〜10ドル上昇。追加攻撃がなければ沈静化へ
・度重なる軍事攻撃:10〜20ドル上昇。石油施設への攻撃がなければ数日で沈静化へ
・継続的な戦闘:15〜30ドル上昇。原油インフラへの攻撃がなければ数週で沈静化へ
・内戦:20〜25ドル上昇。原油生産の停止中は高止まり



