AIが最適解を出してくれる時代に、人間は何をすればいいのだろう。昨年12月に東京・丸の内で開催された「FUTURE VISION SUMMIT 2025」には、その問いを抱えた人々が集まった。
ビジネス、アート、テクノロジー、アカデミア。異なる言語を話すはずの人々が、不思議と同じ方角を向いていた。効率や正解の先にあるもの。意味をつくること。人と人のつながりを編み直すこと。2日間の議論から浮かび上がった、次の時代の「OS」をレポートする。
本記事は、「生命・社会・未来」をテーマにしたセッションについて。登壇者は、宮田裕章(慶應義塾大学 医学部教授 / 大阪・関西万博 テーマ事業プロデューサー)、立石郁雄(ヒューマン・ルネッサンス研究所 代表取締役社長)、滝戸ドリタ(アーティスト / 東京大学大学院 学際情報学府)。モデレーターは瀧口友里奈(経済キャスター)。
1970年の大阪万博で、人々が長蛇の列をなしたのは「月の石」の前だった。38万キロメートル先から届いた欠片。そこに人類は「進歩」という物語を確認しようとしていた。
あれから55年。2025年の万博で人々の心を動かしたのは、数万人が同時に見つめた夕日だったという。月の石が「答え合わせ」だとすれば、夕日は「問いかけ」だ。見る人の数だけ、そこには異なる未来が浮かんでいたはずだから。
大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーを務めた宮田裕章は、この変化をこう語る。
「様々なパビリオンがひしめき合いながらも、多様にして一つに響き合う未来。それが今回の万博のコンセプトでした。夕方には、夕陽を数万人が一斉に見るわけです。そのとき、それぞれが別の未来を見ているけれど、どこかで繋がっているという感覚を得る。それが『共鳴』なんです」
データサイエンティストとして医療や社会システムの設計に携わってきた宮田が、「共鳴」という感覚的な言葉を選んだことが印象的だった。数字で測れないものの価値を、彼は万博という巨大な実験場で確かめようとしていたのかもしれない。
正解がひとつだった時代は、ある意味、未来を描くことは簡単だった。みんなで同じ石を見つめていればよかったから。でも今は違う。隣の人と見ている景色が違っても、それでいいと思える強さが求められる。
55年前に予言されていた「2025年の転換点」
宮田の話に、思わぬ角度から光が当たった。立石郁雄が紹介した「SINIC理論」だ。オムロン創業者・立石一真が1970年に国際未来学会で発表した未来予測理論で、オムロン創業100周年にあたる2033年までの社会変化を描いている。
梅棹忠夫ら京都学派の学者との交流のもとで構築され、東洋思想の循環的世界観と、当時最先端だったサイバネティクス(人工頭脳学)を融合させた独特の歴史観だ。



