アート

2026.03.06 11:15

「見えないもの」を見ると、価値判断はどう変わるのか

「We」の範囲を広げるということ

このセッションで繰り返し浮上したのは、「We(私たち)」という言葉の再定義だった。

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「人間が主語である以上、次のステージには行けない」と立石は言う。「でも『思いやりを持ちましょう』という精神論ではなくて、テクノロジーによって環境や自然と本当にやり取りできるようになれば、人間の意識そのものが変わっていくんです」。

半世紀にわたって企業経営と社会変革の接点を見てきた立石らしい視点だ。意識改革ではなく、仕組みが変わることで人は変わる。その順序への確信がある。さらに宮田は、これを社会設計の言葉に翻訳する。

「今までは、人を経済合理性の歯車にしてきました。でもこれからは、多様なものを多様なまま扱える技術が出てきた。『最大多数の最大幸福』ではなく、『最大多様の最大幸福』が実現できる時代です」
 
「最大多数の最大幸福」を唱えたジェレミー・ベンサム以来の功利主義を更新するような、大きな話だ。万博という国家プロジェクトを動かしてきた宮田の言葉には、理想論で終わらせない力強さがある。一方で、滝戸のアプローチはもっと身体的だ。

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「インターネットがないと私たちの生活は成り立たない。だったら、もはやWeの中に技術も環境も含まれているわけですよね。そうやって小さな気付きから自分を拡張していくと、自分の身体だけじゃない、もっと広い視点が持てるようになるんです」

虫の足音を聴き、微生物と電気をやり取りする作品をつくってきた彼女にとって、「Weの拡張」は思想ではなく実感なのだろう。

「分かり合えない」から始める

セッション終盤、立石がぽつりと言った言葉が印象に残っている。

「人間同士でも100%分かり合えないという前提に立つことが大事です。だけど分かろうとする努力、想像力、妄想力。そこが人間に残された価値のある機能だと思います」

滝戸も続く。

「違和感とか戸惑いとか、モヤモヤっていう混沌とした状態を、そのまま引き受けることができるのがアートの力です。それが今、私たちに試されていることだと思います」

AIは答えを出すのが得意だ。でも「分からない」をそのまま抱えておくことは苦手だろう。曖昧さに耐える力。決着をつけずに関係を続ける力。非効率に見えて、実はとても人間的な能力なのかもしれない。

セッション後にふと思った。私たちは長いこと「最適化」を追いかけてきた。ムダを省き、効率を上げ、正解にたどり着く速度を競ってきた。でもその先に見えてきたのは、効率では測れない世界だったということか。

分かり合えないまま、それでも隣にいること。答えが出ないまま、それでも問い続けること。最先端のビジネスとサイエンスとアートが出した結論が、「実は、急がなくていい」だったというのは、なかなか興味深い。

セッション登壇者たち。左から、瀧口友里奈(モデレーター)、宮田裕章、立石郁雄、滝戸ドリタ
セッション登壇者たち。左から、瀧口友里奈(モデレーター)、宮田裕章、立石郁雄、滝戸ドリタ

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