ちなみに、シフォンタンクの特許はあと数年で切れる。そうなれば、模倣品が出回るのは時間の問題とも思われるが、齋藤はここにもすでに手を打っている。
「実は、シフォンタンクに入っているろ過砂には単体では販売していない特殊なものを使っていて、あえて特許も取っていません。この砂があるからシフォンタンクの性能が担保されている。この原理は完全なる企業秘密で、私の頭のなかにしかありません。砂に始まって砂に終わる。砂があってこそのシフォンタンクなのです」
被災地、紛争地域へ「命の水」を
シフォンタンクは水道のあり方を変える可能性も秘めている。
モバイルシフォンタンクが完成した2005年、宮崎市で台風による豪雨災害が発生。大きな浄水場が水没し、施設の機能が完全に停止してしまった。齋藤はリース会社に納めるはずだった3基と実験機1基を急きょこの浄水場に貸し出した。「当初、モバイルシフォンタンクを災害復旧に使うことはまったく想定していませんでした。気候変動の影響もあり、豪雨災害や大地震の被災地からの要請はその後年々増えていきました」
最近では25年10月の八丈島の台風被害、24年1月の能登半島地震の際も導入され、被災地にまさに「命の水」をもたらした。海外では台風・洪水被害に見舞われたフィリピンやラオスにも導入され、国内外で40件近い実績がある。
自然災害だけではない。ウクライナには、ロシアとの戦争によって破壊された水道施設を復旧するため、日本政府の要請でこれまで4基を提供している。ウクライナからは「追加で260基もってきてほしい」との話もあるという。
多数の実績で「小さな浄水場」の能力は示された。齋藤が見据えるのは、時代の変化に対応する「新しい水道」だ。「コンクリートの浄水場ではなく、最初からモバイルシフォンタンクを複数基設置しておけば、その地域で人口が減ったときには何基か取り外して別の地域にもっていくことができる。災害発生時には被災した地域に運び込んで復旧作業に使うことも可能です。浄水装置をフレキシブルに移動させる分散型の水道。これこそが、新しい水道のかたちだと思っています」
日本の水道はこれまで、大きな浄水場で広域の水道を賄うというのが基本的な方針だったが、これも変わりつつある。山間地域や過疎地域では、人口減少に伴って従来の設備を維持させることが困難になってきている。国土交通省は今年、大規模な施設や長距離の配管を必要とせず、維持管理コストを抑えられる「分散型水道」を導入する自治体向け手引の検討を始めた。人口減少が進む地域を中心に小型の浄水装置による分散型水道の普及を後押しするという。国が動き始めたのは、日本原料のモバイルシフォンタンクという技術の裏付けがあったからにほかならない。
世界に「命の水」を届け、国の水道施策をも変えていく日本原料。齋藤にその原動力について聞いてみた。
「浄水装置を携えて被災地に行くと、住民の方々が『電気やガスよりも、とにかく水が欲しいと思っていたんです』と喜んでくれる。これほど幸せを感じる瞬間はない。そういう体験をした社員がたくさんいること、毎年増えていることが、うちの会社の原動力になっていると思います」
齋藤安弘◎日本原料代表取締役社長。玉川大学工学部卒業。横河電機に勤務後、祖父が創業した日本原料に入社。1997年にろ過砂をよみがえらせる「シフォン洗浄技術」を開発、2002年にろ過材交換不要の浄水装置「シフォンタンク」を、2005年には「モバイルシフォンタンク」を開発。2013年、黄綬褒章を受章。


