「一時期300人ほどいた社員は50人に減っていました。平均年齢は57歳。定年は60歳ですからこのまま放っておけば会社がなくなってしまうと思いました。10億円以上の借金も抱えていて、まさにマイナスからのスタートでした」
若手の採用とともに齋藤が着手したのが、更生工事の刷新だった。高度経済成長期を経て、「原水」となる河川などの水質が悪化し、シャワーで洗い流す従来の方法では、砂粒に固着した頑固な汚れまでは落ちなくなっていたのだ。浄水場では砂の洗浄に薬品は使えない。かといって、撹拌機で洗うと砂粒が壊れて使えなくなる。齋藤は浄水場の更生工事に立ち会うたびに、汚れが取り切れずに黒っぽく変色したままの砂を戻さなければならない現状を心苦しく思っていた。
そんな時、同志社大学に「鳴き砂」の研究をしている人物がいると聞いて会いに行った。鳴き砂とは、浜辺を歩くと「キュッキュッ」と音がする特殊な砂だ。京都府京丹後市の琴引浜、宮城県気仙沼市の十八鳴浜、島根県大田市の琴ヶ浜などが鳴き砂をもつ海岸として知られている。三輪茂雄は鳴き砂研究の第一人者。なんでも、汚れて音が出なくなった砂を洗浄して復活させたという。
齋藤が半信半疑で三輪のもとを訪ねると、研究室では鳴き砂と水を入れた何十本もの梅酒の瓶が、ゴロゴロと回転していた。瓶のなかでは砂の渦ができており、砂粒同士がこすれ合って表面が磨かれていた。試しに齋藤が持参した汚れたろ過砂を瓶に入れてみたところ、みるみるうちに汚れが落ちた。
「渦流をつくって砂粒同士でもみ洗いすれば、砂粒が壊れずに表面に固着した汚れだけが取れるのです。思わず『これだ』と膝を打ちました」
齋藤はこの原理を応用した新たな洗浄技術の開発に取りかかった。ドラム缶にろ過砂と水を入れて回転させるだけではあまりにも時間がかかるため、なかにスクリューを取り付けて効率的に渦流をつくり出せるようにした。試行錯誤を繰り返し、3年をかけて「シフォン洗浄技術」を確立した。


