映画『アイ,ロボット』に影響を受け、自社での一貫生産へ
Orbbecは、専用チップの設計やアルゴリズムの開発から最終組み立てまで、すべてのセンサーを自社で一貫生産している。同社製品は、ロボットのプログラミングに使われるエヌビディアのソフトウエア群「Isaac」や計算プラットフォーム「Jetson Thor」とも互換性がある(RealSense製品も同様に対応している)。フアンは「私は2002年から3D光学測定(3Dビジョンセンサーの中核技術)に取り組んできた」と語り、バグが少なく、滑らかな操作性と高い信頼性を備えた製品を生み出すには、長年の経験の積み重ねが不可欠だと強調する。
中流家庭に育ったフアンは、若い頃からテック業界で成功することを目標にしていたわけではなかったという。彼は、子ども時代を「特別なことはなかった」と振り返る。父は国有機関に勤め、母は中等教育で数学や政治、音楽を教えていた。物理学で優れた成績を収めたフアンは、北京大学で学士号を取得し、シンガポール国立大学で修士号を、香港城市大学で博士号をいずれも工学分野で取得した。その後、シンガポールにある米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究技術アライアンス(SMART: Singapore-MIT Alliance for Research and Technology)や香港理工大学などで、3D光学測定を専門とする研究員を務めた。
やがてフアンは、研究の世界だけでは満足できなくなったという。「学界では論文を書いていたが、それが現実社会でどう生かされているのかが見えなかった」と振り返る。「今やっていることは、工場で研究論文を書いているようなものだ。産業界に向けた論文を書いている」とも語る。大学時代には、SFアクション映画『アイ,ロボット』に強い影響を受けた。2004年公開の同作は、ロボットが当たり前に存在する2035年の世界を描いていた。若き日のフアンにとって、それは未来の姿を具体的に示す強烈なビジョンだった。
創業時の資金繰りを乗り越え、スマートフォン大手Oppoに採用されたことが転機に
2013年、フアンは高校時代の友人4人から1000万元(約2億2000万円)を借り入れ、中国の珠江デルタで借りた工場に3Dビジョンセンサーの生産ラインを立ち上げた。だが起業家への転身は順調には進まず、ほどなく資金繰りに行き詰まった。彼は再び友人たちに頭を下げたという。「実際のビジネスに比べれば、学界はシンプルだった。原理やアルゴリズムに取り組み、市販カメラを使ってデモを作ればそれでよかった」とフアンは振り返る。「しかし自分の会社では、金型の製作から製品設計まで、すべてを自社で手がけなければならなかった。本当に大きな試練だった」。
起業したばかりのフアンは、自らの「ロボットの目」を作るという構想が、当時としてはまだ早すぎたことにも気づいた。市場規模が十分に大きくなかったからだ。2015年に発売した最初の製品は3Dスキャナー向けで、2年後には生体認証向けセンサーを投入した。これがきっかけとなり、アントや中国のスマートフォン大手Oppoを顧客として獲得した。
フアンによれば、Oppoは顔認証分野でアップルの成功を再現したいと考えており、独自のFace ID技術を外部に供与していないアップルを除けば、当時、高度な顔認識センサーを提供できる企業はOrbbecしかなかったという。「ビッグテックが動き出す前に準備ができていれば、それがチャンスになる。しかし、彼らが製品を出してから研究開発を始めても、他社と同じスタートラインに立つだけだ」とフアンは語る。
Orbbecが著名企業を次々と顧客に迎えるようになると、台湾の半導体設計大手MediaTekのベンチャー投資部門MediaTek Venturesや、香港の投資会社SAIFパートナーズ、そしてアントといった有力投資家が出資に名乗りを上げた。
2022年半ばには、上海のハイテク株中心の市場「科創板(スター・マーケット)」に上場し、主にスマートホームやロボット向け3Dビジョンセンサーの開発資金として12億元(約264億円)を調達した。上場から間もなく生成AIが急速に広がり、AIとロボットハードウェアを組み合わせる可能性が一気に注目を集めたことも、同社にとって追い風となった。AIチップの進化によってロボットがより賢くなり、環境への対応力を高める中、300人超のエンジニアを抱えるOrbbecはロボット向けに特化したビジョンセンサーの開発に一段と力を入れ、1年後には専用製品を投入した。
二足歩行ロボット市場におけるシェア拡大を見据え、技術面の課題克服に向けた投資を実施
現在、フアンは二足歩行ロボット市場におけるシェア拡大を見据え、技術面での課題に取り組んでいる。X-HumanoidのZhangは、ロボットの動きがまだぎこちない理由の1つは、3Dカメラの性能が十分に高度ではないことにあると指摘する。より優れた奥行き認識能力や、さまざまな照明条件に対応できる処理能力が必要だという。
こうした課題に対応するため、Orbbecは私募増資で9億8000万元(約216億円)を調達し、その大半をより高度なビジョンセンサーやアルゴリズムの開発に充てる計画だ。調達資金の約12%は、2024年に稼働を開始した広東省の12万平方メートルの工場の拡張に使われる。この工場はセンサー製造に加え、年間約10万台の自律走行型モバイルロボット(AMR)を組み立てる能力も備える。AMR事業は、顧客からの需要に後押しされてフアンが2024年に参入した新分野だという。米国などの海外市場を狙う顧客向けに、米国の関税が比較的低いベトナムにも第2工場を建設している。
自らが描いてきた未来が現実味を帯びてきた今、フアンは高揚感をにじませる。「私は常にロボットに楽観的だった。AIの登場によってこの分野の未来は、星や海のように広大なものになった」と彼は語った。


