論理だけで非創造的なAIという誤り
ここで関連する考察が生じる。
当初、私たちはAIの利用が人間の思考のうち論理や分析の側面だけを強化している、という前提を額面通りに受け取っていた。その推定を覆そう。AIが論理だけに専念すると主張する正当な理由は特にない。映画やテレビが長年、AIやロボットを「純粋な論理の網」に閉じ込められた存在として描いてきたことは理解している。
AIは創造的な課題にも容易に使える。
人々は生成AIを使って詩を書き、創作ストーリーを作り、生き生きとした想像力豊かな画像や写真を生み出し、疑いようもなく創造的な動画を制作している。要するに、AIは分析や論理に基づく雑務にしか役立たない、などと平然と言い切ることはできない。AIは創造にも寄与し得る。
結論として、たとえAIが左脳・右脳の観点で私たちに影響を与えると信じるとしても、AIが左脳を強化するのと同じくらい、右脳を強化する可能性がある。AIが分析の観点から左脳だけを押し上げるという前提は成り立たない。AIは創造的な右脳にも同様のことをし得る。
世界規模の無謀な実験
左脳と右脳の謎についてどのような見解を持っていようと、このテーマについて、より巨視的な点に話を移したい。
私たちは、無謀ともいえる壮大な実験のさなかにいる。その実験とは、生成AIとLLMを世界規模で何十億もの人々に全面開放することだ。私たちは皆、この実験のモルモットである。AIの広範かつ継続的な利用が私たちの心にどんな影響を及ぼすのか、誰にも確実なことは言えない。
私は、AIの利用がメンタルヘルスに二面的な影響を及ぼすことについて、広範に分析し議論してきた(リンク参照)。一方では、AIが世界規模でメンタルヘルスの助言を提供することが、人類のメンタルヘルスの状態を損なう可能性がある、と正当に懸念することもできる。対照的な見方としては、AIがセラピストとして、いつでもどこでも24時間365日利用できることは、人類史上最大のメンタルヘルスの恩恵になり得る、というものだ。
こうしたAIの影響がどちらに転ぶかは、私たち次第である。
小説家ヘンリー・ミラー氏はかつてこう言った。「We create our fate every day we live.」──生きる日々の中で私たちは運命を創る。それが真実であり、根拠のない作り話ではない。


