文化資本を軸に新たな価値を創出し、経済活動と両立する新しいタイプの起業家たち──Forbes JAPANでは彼らを「カルチャープレナー」と呼び、2023年から毎年30人を選び表彰するプロジェクトを特集してきた。若いカルチャープレナーが「尊敬する経営者」としてたびたび名前を挙げる人物がいる。ブルネロ・クチネリだ。文化と経済の好循環を目指す彼らにとって、自社ブランドをひとつの文化にまで昇華させた経営手腕は理想的だ。25年10月に来日した彼にインタビューを行った。
ブルネロ・クチネリは1978年の創業以来、人間の尊厳を重んじる「人間主義的資本主義」を掲げ、その独自の理念の普及にまでこだわった事業を展開。イタリア、ペルージャのソロメオ村に本拠を構える。
彼はまず、日本への特別な思いを語った。
「イタリア以外で最初に知るべき国があるとすれば、それは日本だといつも言っています。生まれた国以外で住むとしたら日本しかない。本当に、ほかに例がない国だと思うからです」
彼が特に強調するのが「秩序」である。日本で見て感動したという風景もほぼすべてが「秩序」によって成り立つものばかりだ。道行く子どもたちの挨拶、行列、信号待ち。あらゆるものが秩序のうえにある。そこに美学を感じ、「渡辺謙さん出演の映画『ラスト サムライ』が大好きだ」と笑う。
では、ビジネスはどうか。イタリアも日本も伝統的に製造業が主要であり、トランプ米大統領による関税問題に直面している。が、それ以上に今問題なのは「職人として働きたい若者が少ない」ことだと指摘する。
「日本の包丁職人の技術は素晴らしい。しかし、自分の子どもを鍛冶屋にしたいと思う親は少ないのではないか。イタリアでも同じことが起きています」
こうした状況を変えるためには、働く人が誇りをもてる環境づくりが重要だと語る。「仕事場がきれいで、居心地が良く、給料も尊重に値する水準であること。そうでなければ、誰もそこで働きたいとは思わないでしょう」。重要なのは意外にも「工場に窓をつける」ことだという。風景もみえず、電灯の下で寡黙に働いて生産性を上げろというのは人間の尊厳を踏みにじっているというわけだ。
「我々の商品づくりで重要なのは職人たちの手仕事です。その商品をつくってくれる人たちに適切な報酬と快適な労働環境を用意してはじめて、人々を魅了する製品を世に送り出すことができる。これは経営者が当然なすべきことです」
クチネリがこうした「人間主義的経営」を提唱するのには大きく2つの理由がある。少年時代に農村から都会へ家族で移り住んだ彼が、大量生産の工場勤務で非人間的な扱いを受け、心身をすり減らしていった父親の姿を間近で見てきたこと、そして古代ギリシャやローマの哲学書から賢帝たちの思想を吸収して育ったことである。クチネリは職人の技と時間にきちんと対価を払い、職場環境を整える。働く人の生活のリズムも含めてデザインしているのだ。
「我々は朝8時に仕事を始め、夕方5時に工場を閉めます。それ以上働く必要はありません。20時間も働くべきではないのです」
そうしたワークスタイルを維持するために、「仕事をしている間は仕事だけに集中する。友達とのチャットや遊びの約束は、仕事が終わってからすればいい。仕事だけでなく、家庭のなかでも同じようにどうでもいいことに時間を取られすぎています。これは大きな問題です」。彼が言う「どうでもいいこと」の大半は、スマートフォンとソーシャルネットワークによるものだ。



