今必要なのは「文化的な革命」
「ここ30年間、私たちはデジタルに支配された世界を生きてきました」
彼はかつて仕事のオファーをしてきた人物が、彼との打ち合わせ中に何度もスマホの通知を確認していたため、面会を中断したこともあったという。
「ドナルド・トランプからの連絡なら仕方ありませんが、私と仕事をしたいというのであれば、目の前にいる私との時間を尊重すべきでしょう」
彼はこうした状況を「魂のバランスを失った状態」だと表現する。「人間は、頭と体と魂のあいだにバランスを保とうとする生き物です。しかし今、自分のための時間も、魂のための時間も、携帯に吸い取られている」。だからこそ、「文化的な革命」が必要だと主張する。「ライフスタイルを変えることです。若者の多くが、都会から離れた場所で暮らしたいと考え始めています。新しい均衡を求めているのです」。
クチネリ自身、その理想をソロメオ村という共同体で実践してきた。創業以来、彼はニットウェアのブランドを世界的に育て上げる一方で、村の劇場や広場を修復し、職人学校をつくり、働く場と暮らす場の両方を「人間らしい場所」として整えてきた。利益を独占するのではなく、地域の文化や景観に再投資することでブランド価値を高めてきたのである。
自国や地域の文化を尊重し、その担い手にふさわしい環境と報酬を用意すること。仕事と生活、テクノロジーと人間性のバランスを取り戻すこと。そして、起業家自身がその生き方を通じて新しいライフスタイルのモデルを示すこと。──それは、ブルネロ・クチネリが「人間主義的経営」として40年以上かけてかたちにしてきた道であり、日本のカルチャープレナーたちが共有すべき課題でもある。
ブルネロ・クチネリ◎1953年、イタリア生まれ。生誕地ウンブリア州の伝統産業であるニット製造を生かし、1978年に創業。ラグジュアリー市場でその在り方を『ジェントル・ラグジュアリー』とし、成長を続ける。彼の唱える「人間主義的資本主義経営」に触れようと、同社の本社・工場を訪問する経営者は後を絶たない。


