高額療養費制度は「優れたセーフティーネット」であるはずだった
高額療養費制度は、本来、医療費が家計を破壊することを防ぐための制度である。重い病気や事故に遭ったときでも、「お金の心配をせずに必要な治療を受けられる」こと。それが健康保険制度の最大の目的であり、高額療養費制度はその象徴的な仕組みだった。
ところが、高騰する医療費の財源確保のために、この制度が改悪されようとしている。現行制度でも、年収200万〜370万円程度の層では、1カ月あたり自己負担額が5万7600円に達する。制度改正後(2026年8月)にはこれが6万1500円に引き上げ、年間負担最高額は53万円とする案がある。低所得者にとっては、現状の額でも限界に近いのは明らかである。
実際の医療現場では既に、
• 子どもの教育費を優先するために自分の治療を後回しにする
• 通院回数を減らす
• 高額な薬剤治療をためらう
といった選択を迫られる人が存在する。
この問題は低所得者層だけの話ではない。例えば年収770万〜1160万円程度の層では、改正後には年間で最大111万円もの自己負担が発生しうるとされている(図:高額療養費制度における自己負担限度額と家計の状況、厚労省資料)。
これは多くの世帯にとって「想定外の支出」であり、貯蓄計画や教育費、住宅ローンに直撃する水準である。さらに、この負担区分は原則として前年度の所得で判定されるため、治療中に給与が減った場合でもすぐには反映されない。この不確定要素は、患者にとって大きな心理的負担となる。また、高額医療費が全医療費に占める割合は7%弱と低い水準にあり、これを理由として高額医療の自己負担限度額を引き上げることには説得力を欠く(図:医療費に占める高額医療費の割合、厚労省資料)。
所得水準に比例した医療費負担か、一律負担か━━患者負担の公平性の観点から
日本とスウェーデンはいずれも、租税徴収において累進課税を採用しており、所得再分配を通じた社会的公平性を重視している。一方で、医療費の自己負担制度においては、その公平性の捉え方に違いがみられる。
日本では、所得水準に応じて医療費の自己負担割合が設定されており、負担能力に配慮した制度設計となっている。しかし同時に、同一の医療サービスを受けた場合でも、患者の所得によって自己負担額に差が生じる構造を有しているとも言える。
このような仕組みは垂直的公平性の観点からは合理的といえるものの、疾病の重症度や医療ニーズが所得とは無関係に生じることを踏まえると、患者間の水平的公平性という点では課題を内包している可能性がある。また、高額な医療を継続的に必要とする患者にとっては、所得区分に基づく自己負担割合が、受療行動や生活に大きな影響を与えることがある。
これに対しスウェーデンでは、所得の多寡にかかわらず、受けた医療サービスに応じて一律の金額を負担する仕組みが採用されている。さらに、年間の医療費自己負担額の上限は日本と比べてはるかに低く設定されており、医療費負担が患者の生活を過度に圧迫しないよう制度的な歯止めが設けられている。入院治療も、ICU治療など高額な治療を受けても、一日当たりの費用は決まっている。
また、治療のために就労が困難となった場合であっても、傷病手当が支給される仕組みが整備されているため、経済的理由によって治療の継続を断念する必要が生じにくい。この点において、スウェーデンの制度は、医療へのアクセスを患者の経済状況から切り離すことを強く志向しているといえる。因みに、生活保護者も基本的に同額の自己負担をする。
スウェーデン医療費の自己負担

※ 高額医療保護制度(högkostnadsskydd)により、年間上限を超える支払いは不要


