ダウンタウンに油断ならないヤツだと思われていた、名物Pが明かす「ヒットを生む組織づくり」の真髄

『ダウンタウンDX』ほか数々の人気番組を手掛けてきたテレビプロデューサー西田二郎氏

「(未来をつくる可能性が)『あること』の話しをしたいので、マイナスなことは基本的に言いたくない。人を責めたり、非難したりする必要はない。バラエティって、やっぱり幸せな世界で作りたいから、僕が受け止められないものについては、そのことを言葉にしない方がいいと思うんです」(西田)

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スタッフ一人ひとりを信頼し、褒めて育てて創造性を解き放つ。そして優れたアイデアが生まれやすいチームの土壌をつくっていく。西田氏がプロデューサーとしてヒットを連発してきた理由が垣間見える。

「名物P」と呼ばれるため、絶対やめなかったこと

さらに「人を信じるためには、まずは自分を信じられるようになること」だと西田氏は語り、「どれだけ高学歴でもそれができていない人は多い」と指摘した。

自己肯定感や心の安定は、他者への信頼の土台となる。前回の記事で西田氏は、五感を通して得た情報(ゼロ次情報)を、あえて頭の中で整理せず未処理の状態で溜め込んでおき、発想に生かす有効性を説いた。その一方で、世の中に発信された企画については、自身を信じる材料にするため、そのプロセスやノウハウを必ずしっかりと言語化して共有すべきだと説明する。

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「いつの間にか名物プロデューサーと呼ばれるようになっていた、と言いたいところですが、実はそう言ってもらえるように振る舞ってきました。なぜ担当の番組が当たったか、プロデューサーとして自分が考えていること、感じていることを振り返って、周りに伝えてきました。そこには、僕にしかない『智』の深さがある。周りにそれを認めてもらえると、オンリーワンの存在として信頼してもらえます。

意外と、そこをきちんとやらないプロデューサーは多いんです。素晴らしい知識や経験があるのに、もったいない。人材育成のためにも、重要なことです」(西田)

信じ切ったら火傷する、あえて自らへの信頼度を下げる理由

反対に、相手によっては「自分を信じ切らせないこと」も西田氏はポイントにあげる。西田氏とダウンタウンとの関係性から、それがうかがえる。

『ダウンタウンDX』の放送がスタートしたのは1993年。当時、ダウンタウンはすでに人気を博しており、局内にはふたりと一緒に仕事をしたいというスタッフが大勢いたが、西田氏は担当していた深夜番組『EXテレビ(OSAKA)』(MC上岡龍太郎、島田紳助)が民放連賞を受賞するきっかけをつくった実績などが買われ、ADとして同番組に配属された。

「僕は大阪の人間なんですが、正直、当時はダウンタウンのことをあまり知らなくて(苦笑)。だからそのままダイレクトに、怯むこともなく、おふたりに接していきました」(西田)

配属からしばらくしてポジションが上がり、ダウンタウンに直接提案を行うようになっても、西田氏は姿勢を変えなかった。ダウンタウンとのやりとりは毎回ヒリヒリするものだったが、西田氏は遠慮しなかった。細かい説明はせず、簡単な理由を添えて「この企画は、面白いと思います」などとシンプルに提案した。ダウンタウンから企画を突き返されることもよくあったが、尻込みはしなかったという。それはなぜか。

「やっぱり思考の総量だと思いますね。プロデューサーの立場で、視聴者が本当に求めているものをどう形にするか、ターゲットや番組の未来の姿なんかを、ひたすら頭の中でトレースし続ける。その量が誰より多い。それをもって説得するのが、僕のやり方です」(西田)

独特のスタンスも明かしてくれた。西田氏はダウンタウンと、プライベートなことはもちろん、仕事についても必要なこと以外、ほぼ喋らなかったという。

「他のプロデューサーが聞くと驚くかも知れないですが、理由はシンプルで、バレるから。接すれば接するほど、自身のパーソナリティが明らかになります。それによって球(企画)をどこから出したか、ダウンタウンのおふたりに見破られるようになる可能性がある。面白い企画には発展していかないと考えていました」(西田)

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