日本ラグビーフットボール協会(JRFU)は1月23日、記者会見を開催し、2035年に開催予定の男子15人制ラグビーワールドカップ(W杯)の招致を発表。同月9日に統括団体であるワールドラグビーに立候補を申請したことを受けて、土田雅人会長がキックオフ宣言を行なった形だ。
ラグビーW杯が日本で初めて開催されたのは、2019年のこと。「4年に一度じゃない。一生に一度だ。」のキャッチコピーも記憶に新しいが、はやくも“二度目”のW杯が日本にやってくるかもしれない。
その背景には、2019年大会の“にわかファン”の定着によるラグビーファンベースの拡大と盛り上がりがある。ラグビー競技人口は、高校生年代で16926人(2024年度、全国高等学校体育連盟発表)と20年で約半減するなど全体で減少傾向があるなか、国内のラグビーファンやマーケットはどのように変化してきたのか。
2019年大会は当時の日本にとって真に「一生に一度」レベルの悲願だった。2011年大会の招致からチャレンジを重ね、ついに叶ったアジア初、ティア1(ラグビー強豪国の格付け制度。テストマッチの結果によってポイントが加算され、順位が変動するワールドラグビーランキングとは別で所属国は固定されている。現在はハイパフォーマンスユニオンへ移行)以外では初めての開催国となった。
日本代表チームは、2011年に行われたニュージーランド大会では開催国ニュージーランドに83対7という屈辱的大敗を喫していた。それが2015年のイングランド大会では、プール戦でティア1の強豪国南アフリカを破り、世界のラグビー界に衝撃を与えた。この「ブライトンの奇跡」と呼ばれる勝利は国内でも話題となり、五郎丸歩選手のルーティン「五郎丸ポーズ」も流行。2019年大会へ向けての追い風となる。こうした期待を受けて開催したW杯は、世界各地から多くのラグビーファンが来日した。
それだけではなく、土田氏が会見で「数多くの“にわかファン”が応援してくれた」と語ったように、ラグビーのルールを完全に理解していなくても、“物語”や“人”に感情移入して応援するファンが増えた。そうしてラグビーに大きな関心を寄せていなかった潜在層を巻き込み、マーケットを広げることに成功した。その証拠に、日本代表として活躍した選手たちはメディアでも大活躍。稲垣啓太(埼玉ワイルドナイツ)の愛称「笑わない男」は、この年の新語・流行語大賞の候補となった。



