2013年8月にシリア首都ダマスカス近郊の反体制派拠点・東グータが化学兵器攻撃を受けた際には、都市部の民間人居住区に神経ガスのサリンが散布され、1500人が犠牲となった。前大統領の父親である故ハフェズ・アサド元大統領が1982年2月に中部の都市ハマで行った虐殺では、政府軍と治安部隊により26日間に最大4万人が殺害された。この弾圧では、民間人が密集する市街地に向けて砲撃や戦闘機による攻撃が行われた。
中東にはこうした悲劇の歴史があるが、それでも1月現在イランで起こっている事態に匹敵する事例は見当たらない。イランの犠牲者数についてディバインは「もちろん、まだまだ増える恐れがある」と警告する。
デモ現場で何が起きていたのか
今回のイラン反体制デモは、耐え難い経済状況と通貨リアルの大暴落を背景に、昨年12月下旬に始まった。抗議行動は急速に全国規模の街頭デモへと拡大し、大都市から小さな村にまで、国内の経済と環境を荒廃させた現政権の退陣を求める声が広がった。
イスラム聖職者が政治の中枢を担う指導体制にこれまで忠実だった保守的なバザール(市場)の商人らも、より自由主義的で世俗的なイランの若者層に加わり、普段は対立しがちな社会階層を超えて人々が政権打倒という共通の目標の下に結集したのである。
首都街路で機関銃掃射
イランで最も強力な武力を有し、テヘランの指導者層を守ってその命令を執行しているのは、正規軍のアルテシュ(イラン・イスラム共和国軍)ではなく、イスラム革命防衛隊(IRGC)と民兵組織バシジだ。したがって、デモに参加した民間人を殺害した責任もIRGCとバシジにある。
イランに詳しい防衛アナリストのファルジン・ナディミは、1200万人が暮らすテヘラン都市圏のいつも人通りの多い複数の街路で、バシジが非武装の市民に対して旧ソ連製の12.7mm重機関銃DShKを使用したと指摘している。これは米国製ブローニングM2重機関銃に相当する威力をもつ。
「この機関銃に使用される12.7×108mm弾は重く、威力が高い。無防備な人体など跡形もなく吹き飛ばされてしまう」。ナディミは1月14日、X(旧ツイッター)にこう投稿した。「非武装の群衆をこれほど短時間に大量殺害できたのも不思議ではない」
ナディミは1月10日の別の投稿で、「革命防衛隊とバシジが至近距離から機関銃で非武装の市民を虐殺している。そして、国軍であるアルテシュは兵舎に籠もり、ただ傍観している(これもまた酷い話だ)」と記している。
炎に巻かれて死ぬか、撃たれて死ぬか
テヘランからは他にも「血の海」を目撃したとの証言が報告されている。また北部の都市ラシュトでは、治安部隊がバザールの火災から逃げようとする非武装の市民を射殺するという衝撃的な事件が発生した。燃え盛るバザールに閉じ込められた人々は、炎に生きながら焼かれるか、弾丸を撃ち込まれて死ぬかの選択を迫られたのだ。


