放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」に、写真家の操上和美さんが訪れました。 スペシャル対談第21回(前編)。
小山薫堂(以下、小山):操上さん、89歳だとか。僕が知る89歳で、いちばん若々しくて、格好いいです。
操上和美(以下、操上):僕、正月を迎えたら90歳なんです。でも昔もいまも、やっていることはずっと同じ。思考や感じ方もあまり変わらない。膝が悪くなったから走れないけれど、いまも立つか、丸椅子でチャーッと移動しながら撮影していますしね。
小山:その若さやバイタリティを保てている秘訣は何ですか?
操上:好奇心と反射神経かな。撮影なんてまさに目の前の被写体に対して、瞬間的に反射できるかどうかだから。
小山:そうはいっても反射神経って年をとると衰える一方ですよね?
操上:そう。だから僕も週2回、ジムに通っていて。ウェイトじゃなくて、VIMAというのを顔にはめて点灯する数字をタッチするというような、動体視力を鍛えるプログラムを続けています。
小山:すごい。じゃあ、あれが欲しいとかこうしたいという欲はまだおもちですか。
操上:いまも欲だらけですよ(笑)。
小山:いちばん強い欲望は?
操上:写欲。いまも裏通りの電信柱にベタベタ貼ってある薄汚れたチラシとか、雑品屋にある錆びたバケツなんかを見ると、無性にいいなと思って撮っちゃうね。
小山:そういう感性はいつから? お生まれは北海道ですよね。
操上:富良野です。男6人、女1人の7人きょうだいで、僕は次男。中1のときに母親が亡くなり、僕は兄とともに実家の農場で働いていた。ただ、一生ここにいるのは厭(いや)だなと。弟たちを大学に行かせたあと、24歳で上京し、写真学校に入りました。
小山:富良野のような自然豊かな場所で「写真家になる」って、なかなか思わないかと。どんなきっかけがあったんですか。
操上:ロバート・キャパがノルマンディー上陸作戦に同行して、兵士と一緒に泳ぎながら撮ったブレブレの写真があるんですけど、それに衝撃を受けてね。写真家になったら旅ができるなあ、知らない人に会えるなあと思ったんです。
飼い慣らされたら終わり
小山:写真家になったばかりのころで、印象的な仕事はありますか。
操上:学校を卒業後、『すまいと暮しの画報』という雑誌を出す出版社に就職してね。あるとき「名古屋の住宅造成地を撮ってこい」と言われて、ひとりで向かった。新設の団地ができる土地なわけだから、ものすごく広いじゃない?こんなの下から撮ってもしょうがないなと思って、ヘリコプターをチャーターして空撮したんです。
小山:(笑)。新入社員ですよね?めちゃくちゃ怒られませんでした?
操上:いや、怒られはしなかった。ただ、僕が使いたいと思った写真も、編集長が「これは要らない」とか言うから、大喧嘩になって。これ以上いても仕方ないなと思い、8カ月で辞めました。局長に呼ばれて、「あと1カ月いれば暮れのボーナス出るぞ」と言われたけど、「辞めるって一度言った人間が、ボーナス出るから残ると思いますか!?」と啖呵切ってね。



