渋沢栄一ゆかりの地、箱根・仙石原の老舗旅館の再建。
高級旅館から体験の場の提供へとコンセプトをがらりと変えたのはクラウドの力だった。
インターネットへの書き込みが日本の温泉史を書き換える― 。東京藝術大で博士課程を終えたばかりの岩崎剛氏は2014年2月、再生事業会社「マイルストーン ターンアラウンド マネジメント」(以下、MTM社)に入社するや、大型プロジェクトの担当を任せられた。箱根・仙石原。渋沢栄一が日本初の牧場を設立したこの温泉地に建つ、天皇陛下が皇太子時代に宿泊した名門旅館「俵石閣」の再建だ。1914年(大正3年)に創業した100年の歴史をもつ数寄屋造りの老舗も、業績悪化から2年前、廃業に追い込まれた。
MTM社は「俵石閣」と併設された「ウェルテル俵石」を購入。岩崎氏は新しい再建手法を思いついた。 「私が建築を専攻していた学生時代、建築設計のコンペに応募しては賞金 稼ぎをしていた友人がいました。その友 人はクラウドサイトにあるコンペに応募していたので、コストがかからなかった。(中略)」
しかも、クラウドサイトでコンペを開始すると、誰も がインターネットを通じて閲覧でき、コメントを書き込める。すぐさまアイデアが膨らんでいき、盛り上がりをみせたのだ。まさに「オープンデータ型の再建事業」である。
その結果、応募総数71件。面白いことにホテル旅館業からの提案はゼロで、イベント業者から主婦まで専門外の人々のアイデアが集まった。同社の早瀬恵三社長は言う。 「当初は、歴史ある建築を生かした高級路線の旅館でいこうと考えていましたが、多くの人から様々なアイデアをもらい、気づきを得たことで、全く違う方向性へと変えることになりました」 採用されたのは、岩手県在住の40代の主婦のアイ デア。MTM社がさらに磨きをかけて、再生のコンセプトへと落とし込んだ。(中略)
フェイスブックなどのSNSの「リアル版」かというと、 早瀬社長は「違う」と言う。「ここでは、空間は共有しているけれど、コミュニケーションするかどうかはその人の自由です。人に見られることを前提にした“ハレの場”、祝祭空間といえるでしょう」宿泊用の部屋も超高級の離れから、リーズナブルな部屋までさまざまだ。インターネットは業態の垣根を楽々と壊している。保養、治癒、観光と時代によって用途を変えてきた温泉も、 新しい時代に突入しそうだ。