科学技術館で猫の版画を買う EASTEAST_という「非効率」の実験

別のブースでは、銅版画を手がけるアーティスト、チョン・ダウンと話し込んだ。もともとは絵を描いていたという。なのになぜ、なぜ版画という技法に移行したのか。踏み込んだ質問にも、彼は言葉を選びながら答えてくれた。その会話の先に、猫の版画があった。

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作品の横にはプライスリストが置かれていた。商売っ気のない価格だ。そこに並んでいた一枚の版画を購入した。

「関係性」という価値

日本のアート市場は世界シェアの約1%に過ぎない。この数字を増やそうと国際的なメガフェアに近づこうとする動きがある一方で、EASTEAST_は違う方向を向いている。

「SNSやデジタルの発展で、数字で測れる価値ばかりが重視されている。そうした数字化できない価値にこそ目を向けたい」と、武田は言う。

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数字化できない価値とは何か。おそらく、それは関係性だ。

作品を買うとき、ぼくたちは何を買っているのだろう。キャンバスとインクの物質的価値か。作品の値上がりを期待して得られる売却益か。それとも、その作品と出会った瞬間の記憶、作者と交わした言葉、自分の部屋の壁にそれがある日常か。

EASTEAST_の出展者同士は、資本力で序列がつかないぶん、対等な関係でいられる。来場者とアーティストも、小さなブースのおかげで会話が生まれやすい。その構造設計自体が、このフェアの思想を体現している。

仕事部屋の壁に猫がいる

数週間後、猫の版画が届いた。梱包を解いて、ぼくはそれを仕事部屋の壁にかけた。

科学技術館で静電気の実験をしていた小学生の自分は、まさか同じ場所でアートを買う大人になるとは思っていなかっただろう。40年という時間は、人を変える。ただ、何かに心を動かされて、それを手元に置きたいと思う感覚は、たぶんあのころから変わっていない。

効率を求めれば、アート作品もオンラインで買えばいい。合理的に考えれば、投資対象として確実なものを選べばいい。でも、アーティストと出会い、会話し、「この猫がいい」と思って買う体験は、そうした最適化の外側にある。

EASTEAST_が実験しているのは、その「外側」の価値を守ることなのだと思う。

文=青山鼓

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