「ど真ん中で変革を起こす」
「ヘルスケアの産業化」を目指す手段として、なぜインパクトIPOを選んだのか。
金融やスポーツ業界で名をはせた三沢が、ユカリア創業者・古川淳に誘われて入社したのは20年4月。コロナ禍で緊急事態宣言が発出された時期だ。当時、ユカリアの支援先が埼玉県川口市にあった。川口には3つの総合病院があるが、ひとつはロックダウン。残るふたつで地域の医療体制を守らなければならない中、支援先病院はコロナ患者の受け入れを決断。これを受け、ユカリアは病院には医療行為に専念してもらう一方で、行政など幅広い関係者に働きかけるなど、民間初となるコロナ病棟設置を支援した。「コロナ病棟で働く医師や医療従事者が差別されていると聞き、怒りと悲しみに打ち震えました。一方で、感謝や応援の声が続々と届き、共感の波紋が広がっていることも実感できた。この経験を通して自分たちは社会の公器だという意識が強まり、より開かれた会社になるべくIPOを検討し始めました」。
IPOを検討した理由がもうひとつある。三沢がへルスケア業界に参画し感じた「このまま社会保障費が膨れ続けると日本はあと20年しかもたない」という危機意識からだ。「ユカリアは日本の課題を解決する素晴らしい事業をやっていた。ただ、当時の支援先は20施設あまり。軒先をきれいにするだけではヘルスケア産業構造を転換できず、この国の医療・介護体制は破綻してしまう。『ど真ん中で変革を起こす』には規模と仲間が必要でした」。
ユカリアは上場準備を進めたが、課題もあった。ユカリアは病院経営サポートのほか、ヘルスケアのバリューチェーン上で広範囲な事業を展開しているため、投資家から「何をやっている会社かわからない」と評価されていたのだ。自分たちの事業群をうまく説明する方法はないか。そう悩んでいたときに目に留まったのが、インパクト投資に使われるロジックモデルだ。グループ会社にはインパクト投資のVCであるキャピタルメディカ・ベンチャーズがあり、もともとロジックモデルに関する知見があったことから、それを自社の事業の整理に適用し、すべての事業をビジョン・ミッションに紐付けた。事業がわかりやすく整理されたことで投資家の理解が深まり、24年1月にインパクト投資家を中心に6社から11億円の資金を調達。さらにその年末のインパクトIPOにつながっていった。
インパクトIPOの効果は、資金調達だけではない。三沢が手ごたえを感じているのは、むしろ社内の変化である。「ロジックモデルによる整理は全社員にかかわってもらいました。おかげでそれまでビジョン・ミッションが腹落ちしていなかった社員も自分事としてとらえられるようになった。実は上場前は若手社員から『ビジョンとミッションは社内に浸透しているが、バリューズ・カルチャーは弱い。自分たちでつくり変えたい』と提案されました。ボトムアップでそんな動きがあって、涙が出るほどうれしかった。25年には新しいバリューズとカルチャーを発表しました」。
社会的インパクトを追求する企業のなかには、事業の成長性が二の次になっているところもある。しかし、三沢は「1代で時価総額1兆円、3代で50兆円」との将来像を描いている。「トヨタはモビリティを軸に社会課題の解決に取り組んでいますが、ヘルスケアが抱える社会課題も同様に大きい。ユカリアもトヨタに匹敵するような、50兆円規模にスケールしないと日本を守れないでしょう。1兆円まででさえいばらの道ですが、私が10年でそこまでもっていきたい。後進も指数関数的に成長させてくれるはず。止まる気はないし、自分でも止められないくらいに使命感の炎が燃えたぎっています」
ユカリア◎病院の経営支援・運営支援を提供する「病院経営サポート」事業を起点に、シニア関連サービスやDXプロダクトを開発・展開。2024年12月の上場以降、13社とのM&A、資本業務提携を公表。米ユニコーン企業ヒポクラティックAIとの資本業務提携も。26年1月5日時点の時価総額352億円。


