その60年後に勃発したアフガニスタン紛争は、ソ連が親ロシア派のハフィーズッラー・アミーン政権を支えようとした試みだった。1968年のチェコスロバキアへの軍事侵攻での成功から、ソ連軍はアフガニスタンでも迅速に勝利するとみられていたが、紛争は9年以上続き、最終的に反乱軍に敗北した。
アフガニスタン紛争での敗北は、ソ連の崩壊につながった。同紛争は、非効率的で既に停滞していた共産主義国家ソ連の経済に大きな負担をかけた。1905年の日露戦争での敗北と同様、1989年のソ連軍のアフガニスタンからの撤退も軍隊の士気を低下させ、国民の信頼を損なった。
ウクライナ侵攻が及ぼしている影響
ウクライナ侵攻によってロシアが崩壊する可能性は低いものの、同国の経済や社会への負担は今後も重くのしかかるだろう。それは国内の不安定化につながるかもしれないが、既に他の形で影響を与えている。
ロシアの武器輸出が激減したことで、フランスが同国を抜き、米国に次ぐ世界2位の武器輸出国となった。ロシアが誇りとする軍事プラットフォームの多くは、コストの制約により規模が縮小されている。例えば、特に高く評価されていた主力戦車T14「アルマタ」がその代表例だ。同国のステルス戦闘機Su57も、アルジェリアが14機を購入したほかには外国の買い手を全く引きつけていない。ロシア航空宇宙軍も同機を30機未満しか運用しておらず、ウクライナ侵攻でもほとんど使用されていないと伝えられている。
これに対し、米軍需企業ロッキード・マーチン製のステルス戦闘機F35は、1300機以上が米軍のみならず世界中の同盟国に納入されている。同機は昨年、イスラエル空軍によるイランへの攻撃に使用されたが、損失は確認されていない。
ウクライナ侵攻の結末は
ウクライナ侵攻が莫大な犠牲を伴っていることは否定できない。先月時点で15万6000人以上のロシア軍兵士が戦死したと推定されている。これは9年以上に及んだアフガニスタン紛争での戦死者を上回るが、第二次世界大戦の大祖国戦争での戦死者の数には遠く及ばない。
たとえロシアがウクライナで敗北したとしても(専門家の多くは近い将来にそのような事態が起こる可能性は低いとみているが)、1905年のような革命も起こらなければ、1917年のように政府が倒れることもないだろう。他方で、たとえロシアが勝利したとしても、今や廃墟と化した領土の一部を獲得するだけだ。払った犠牲の大きさを考えると、割に合わない勝利と言わざるを得ない。
ようやくほとぼりが冷める頃には、ロシアは弱体化し、軍隊は疲弊し、威信は低下しているだろう。問題は、それが実際にいつ起こるのかということかもしれない。


