なかでも最もわかりやすい説明は、大きなクモのシルエットが、視覚的な抑止力として機能するというものだ。視覚に頼って獲物を探す捕食者は、恐ろしいクモに見えるものがあれば、危険に遭遇するリスクを冒すよりも、近づかないことを選ぶ可能性が高い。
さらに、おとりは、捕食者からの攻撃を、本物のクモではなく、使い捨てのクモの糸とゴミの塊で作った偽のクモに向けさせるのに役立つ可能性がある。捕食者にとってみれば、おとりへの攻撃は、エネルギーと時間の無駄となる。捕食者がだまされたと気づくまでの間に、本物のクモは、敵の目の届かない安全な場所へと退避する十分な時間を稼げる。
最も興味深いのは、今回の研究著者らが、同じゴミグモ属でも、おとりをどう使うかは種によって違いがあることを発見した点だ。
・フィリピンでは、クモがおとりの内部に潜んでいることがあり、おとりにうまく溶け込んでいた
・ペルーでは、クモが、クモ型の隠れ帯の真上にとまっていることが多く、自らをさりげなく錯覚に組み込んでいた
さらに驚くべきことに、クモはおとりを「生きているように見せかける」ことも観察された。すなわち、クモが脅威を感じると(相手が人間の観察者であっても)、巣を揺らすのだ。これにより隠れ帯が振動し、まるで生きたクモがかすかに動いているように見える。
さらにゴミグモは、この動くおとりの仕掛けを、潜在的な脅威が現れるタイミングに合わせて準備している可能性が高い。
これらのクモはなぜ重要なのか
クモが、自分の身代わりになるダミーを用意することも驚きだが、それ以上にこの発見は、捕食者と被食者の力学、動物行動学、適応の限界に関する我々の認識に重要な意味をもたらす。
生物学者にとって、ゴミグモのおとり戦略は、進化がいかに機能的かつ創造的な生存戦略を生み出し、単純な分類を許さないものであるかを示している。これは、ほとんどのクモが用いるような、単なるカモフラージュではない。他の生物に明らかな類似例のある、刺激に対する反射的な行動でもない。最も近いのはおそらく、人間が作る「かかし」だろう。
こうした行動は、それ自体が驚くべきものであると同時に、感覚生態学に関するいくつかの重要な疑問を提起している。すなわち、雑然とした環境において、捕食者が複雑な視覚刺激をどのように知覚し、解釈し、反応しているかといったことだ。
しかしおそらく最も重要なのは、この発見が、緻密な自然史観察に、厳密な科学的報告を組み合わせることの価値を示している点だ。ゴミグモ属に特異な巣の装飾がみられるという事例報告や自然観察事例は、何十年も前から存在した。だが、今回のように体系的な研究が行われなければ、それらの示唆は、単なる興味深い事例の域を出ることはなかったはずだ。


