介入が重要な理由
ギャラップのデータは2019年以降、2つの領域で急激な低下を示している。期待の明確さと、使命とのつながりだ。使命に関するデータの落ち込みが最も大きかった。
組織はパーパスについて語る量を増やしながら、それに取り組むことを難しくしている。価値観へのコミットメントを演じつつ、それを実践できない仕組みを維持しているのだ。
私はこの点をコナントに指摘した。彼は驚かなかった。
「今日の職場はかつてなく不安が渦巻いている」とコナントは言った。「従業員が別のアジェンダがあると考えたら、パーパスがただのパフォーマンスだと感じたら、終わりだ」
従業員は、演出されたコミットメントを見抜く。パーパスが本物であること、飾りであることを理解している。彼らは自発的に判断し、そしてますます行動で示すようになる。
成功するリーダーは、最も刺激を与えるパーパスステートメントを作る人ではない。パーパスが意味を持つよう不快にする覚悟のある人たちだ。パーパスを測定と結びつけ、現実の利害を伴う説明責任を築き、高い基準と真の支えを任意ではなく体系的になるよう組み合わせる人たちだ。
「偉大である必要はない」とコナントは語った。「ただ、他の人より少し良ければいい。そして他の人はあまり良くない」
多くの組織に足りないのはパーパスではない。パーパスに結果が伴うようにする意思のあるリーダーが足りないのだ。
実際に必要なこと
会話の終盤、私はコナントに、この記事を読んで不快感を抱きつつ、パーパスを持続できるか確信が持てないリーダーに何と言うか尋ねた。
「私は49歳で最初のCEO職に就いた」とコナントは言った。「変化を起こすのに少し緊張していた。だが同時に分かっていた。もしカルチャーを変えなければ、どうせ失敗するのだと」
その明確さによって、コナントはすべてを壊すことを恐れなかった。
私が関わるすべての組織にも、同じ選択がある。快適な道は確実な失敗へつながる。不快な道、つまりカルチャーを利益と同じくらい結果に直結させ、リーダーの雇用を職場の健全性と結びつけ、高い基準が耐えられるよう支える仕組みを作る道は、別の結果をもたらす。
大半のリーダーは、不快な道を選ばない。不快感が長く続き、利害が大きく、説明責任があまりにもつまびらかになるからだ。
コナントはそのアプローチを疑わなかった。特に、最初の3年間で300人のリーダーが社を去っていた時期でさえもだ。「エンゲージメントスコアが戻ってくるたびに、まずい数字が出るのではないかと心配した」とコナントは認めた。「だがスコアは上がり続けた。従業員は変化が必要だと分かっていた。ただ、行動を起こす覚悟のあるリーダーが必要だった」
私が見るパターンはこうだ。変革は、従業員の抵抗によって失敗するのではない。リーダーが変革を不可能にする仕組みを守ることで失敗する。
問題は、このアプローチが機能するかどうかではない。コナントの下でのキャンベルの10年の成果をみればわかる。問うべきは、求められるときにあなたが自身も含むリーダーらを不快にする覚悟があるかどうかだ。重要なものを測る意思があるかどうかだ。パーパスを避けられないものにするほどに緊迫した状況を、作り出すつもりがあるかどうかだ。
それができる人は組織を変革し、パーパスを実現するだけではない。快適な道が選択肢でなくなったときに、リーダーシップが本当に何を必要とするのかを証明する。


