サイエンス

2026.01.03 18:00

ヘビの毒が、獲物の防御力との競争で急速進化するメカニズム

Shutterstock.com

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毒ヘビが持つ牙は、進化が生み出した最高性能の兵器の1つだ。牙から注入される毒液は、単一の毒物ではなく、数十種から数百種のタンパク質が渦巻くカクテルとなっており、その成分は素早く進化している。

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ほとんどの動物の武器、つまり鉤爪や角や牙とは異なり、ヘビの毒は、獲物が示す防御との絶え間ない競争にさらされる。ヘビが毒の効果をアップグレードすると、獲物の齧歯類や両生類は、毒への耐性を強化する。この競争に勝者はいない。だが、後れを取れば未来はない。以下では、進化生物学における、こうした「軍拡競争」の仕組みを解説していこう。

ヘビと「赤の女王」

進化生物学において、上記のような軍拡競争を説明する用語が「赤の女王効果(Red Queen effect)」だ。この言葉は、捕食者と被食者は、常に進化を続けないかぎり、現状を維持することさえできないことを意味する。

赤の女王仮説という名称は、ルイス・キャロルの小説『鏡の国のアリス』からとったものだ。同作品の中で、赤の女王はアリスにこう告げる。「全速力で走り続けないと、同じ場所にとどまってなんていられないよ」。

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2022年に学術誌『Biological Theory』に掲載された論文で説明されているように、赤の女王仮説は1973年、米国の進化生物学者リー・ヴァン・ヴェーレンが最初に提唱した。この仮説の核心は、次のように要約できる――生物種は、常に適応進化を続けなければならない。これは、その種と相互作用する他種もまた、同時に進化を続けているためだ。

このような相互淘汰は、毒が関与する系に対して、強力で即時的な効果をもたらす。というのも、被食者の生理的特徴に生じたどんな小さな変化も、ヘビの毒を無力化し得るからだ。一方で、毒の構成や発現を変化させる遺伝的変異を獲得したヘビの系統は、見返りを得るだろう。そしてこうした変化は、いくつもの世代を重ねる間に、毒の化学組成において途方もない多様性を生み出す。

赤の女王というメタファーは、捕食者と被食者の共進化の本質を実に的確に捉えており、進化生物学者が拝借したのもうなずける。学術誌『Trends in Ecology & Evolution』に掲載された、ヘビ毒のプロテオーム(タンパク質組成)の比較研究では、ヘビ毒の遺伝子において、新規変異の獲得、重複、急速な多様化が、繰り返し生じてきたことが明らかになっている。

わかりやすく言えば、ヘビ毒の遺伝子は、繰り返しコピーされつつ、変更が加えられているのだ。一部のコピーは特殊化し、残りは廃棄される。こうしたプロセスの結果、ヘビ毒は、成分が流動的に変化するカクテルとなり、局所的な被食者群集に対して、しばしば個体群レベルで最適化される。強い淘汰が働く共進化において予測される「精密な分子的機構」が、実際に作用しているのだ。

ただしこうした効果は、ヘビ毒にだけ働くわけではない。捕食者と被食者の共進化のパターンに関する優れた研究の中には、ヘビの方が、「被食者がもつ毒」への耐性をいかにして獲得したかを示したものもある。古典的な例として、1990年に学術誌『Evolution』に掲載された論文は、ガーターヘビ(学名:Thamnophis sirtalis)と、皮膚に毒をもつサメハダイモリ(学名:Taricha granulosa)の間で、実際に共進化を通じて毒への耐性が生じたことを、極めて明確に実証している。

サメハダイモリが、非常に強い毒素であるテトロドトキシン(TTX)を備えている地域では、ガーターヘビはTTXの効果を打ち消す変異を進化させている。一方、サメハダイモリの毒が弱い地域では、ガーターヘビにTTX耐性は見られない。形質の地理的分布が示す、こうしたパッチワーク的構造は、地域ごとの淘汰圧のばらつきを反映していることが多い。さらにここから、被食者の防御手段と、捕食者の対抗手段が、地域によって異なる形で、互いを追い越しあうように進化していくことがわかる。

たとえるなら、数百万年のタイムスパンで繰り広げられる、生化学的な綱引きだ。そして、こうした共進化は、ほぼすべての捕食者・被食者のダイナミクスに見られるものと比べて、極めて急速に起こる。その理由は以下の通りだ。

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翻訳=的場知之/ガリレオ

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