帰国後、岐部は構造改革のタスクフォースを立ち上げた。脱請負を掲げる提案は劇薬で、途中で漏れればつぶされる。タスクフォースは極秘で進められ、情報を漏らしたメンバーには外れてもらった。発足時十数人いたメンバーも、最後は3人に。しかし、役員会提案直前に悲劇が起きた。
「役員会は1月6日。社長だけには事前に内容を知ってもらおうと大みそかに提案書を渡しました。ところが仕事始めで出社すると、役員らが『岐部を辞めさせろ』と大騒ぎ。当時の私はウブで、お正月に役員が社長宅に挨拶にいくことを知らなかった」
「役員に謝っておけ」と勧められるも「内容は間違っていない」と拒否。権威に屈しない姿勢は相変わらずだった。
しばらく冷や飯を食ったものの、そこであきらめる岐部ではない。「リーダーに求められるのは構想力と戦闘力」。改革のビジョンを社内外で説き続け、壁をひとつずつ突破していった。
時代が動いたのは11年だ。PFI法が改正されて日本でもブラウンフィールド(既存施設)のコンセッション(公共施設の運営権)が可能になった。そこから10年以上かけ、岐部はインフラの開発から投資、建設、運営、売却まで手がけるビジネスモデルを構築してきた。ただ、今がゴールではない。
「グリーンフィールド(新規施設)のコンセッションも、BT(建設後所有権移転)とセットなら可能です。そのとき優れた技術力や施工力をもった仲間がもっと必要になる。それが今回のTOBの背景にあった」
公共施設の民営化には批判もあり、時に逆風が吹くこともある。しかし、それを恐れる岐部ではない。むしろアゲンストが強いほど、持ち前の戦闘力を発揮するに違いない。
きべ・かずなり◎1961年、長崎県生まれ。86年熊本大学工学部を卒業後、前田建設入社。営業部門を経て総合企画部長、専務執行役員を歴任、2021年に前田建設、前田道路、前田製作所が経営統合し設立されたインフロニア・ホールディングス社長に就任。


