日本と世界の交差点で描く抽象絵画の可能性

岩渕:少し視点を変えて質問します。オーストラリアで幼少期を過ごされたそうですね。そうした海外で培われたご経験や感覚が、今の考え方やスタンスに与えた影響はありますか?
長谷川:考え方やスタンスは、持って生まれた気質によるところが大きいと思います。ただ、オーストラリアから日本に移り住み、順応するために日本の良さを見つける必要がありました。オーストラリアという、自然豊かでおおらかな人の多い、天国のような環境で育ってきた私には当時、狭いしルールも多い日本での暮らしは、精神的にきつくて。
それで剣道をやってみたり、海外から見た日本の良さを学んだりした結果、「日本の魅力を世界に紹介したい」という気持ちが強くなっていきました。日本の宗教観や霊性、日々の暮らしを愉しむ感覚はとても素敵なので、表現していきたいですね。
岩渕:アメリカの抽象表現主義の画家、ロバート・マザーウェルの影響が大きいとお聞きしました。
長谷川:マザーウェルの作品を初めて観たのは、恐らく15年ほど前、ニューヨークのMoMAかグッゲンハイム美術館だったと思います。そこで「Elegy to the Spanish Republic(スペイン共和国への哀歌)」を観ました。スペインの内戦で亡くなった方たちへの弔いのような作品で、力強さと悲哀を覚えました。そして、「こんなに少ない色と形だけで多くの人の心を動かせるんだ」と驚き、抽象絵画の可能性も感じました。

岩渕:マザーウェルは抽象表現を哲学的、心理学的に深堀りし、理論体系を構築した人物ですよね。日本の前衛書道からも、影響を受けているとか。長谷川さんは、なぜ抽象表現に惹かれたのですか。
長谷川:もともとミニマリストで、情報量が多いと大事なものが見えなくなるため、削っていったら抽象画に辿り着きました。だから同じように要素を削ぎ落しながら作品を作り上げていった先人たちへの、共感みたいなものがあります。例えば仏像なら仏師たちの精神に共感するし、どういう気持ちで作品を作ったのかがわかるんです。
AIより「五感」を働かせよ
岩渕:なるほど。心理学では、抽象画を好む人はパーソナリティ特性でいう「開放性」が高く、組織を統制したり新しいビジョンを作ったりするタイプの人が多いという研究もあるようです(※)。一方、経営をしていても、リアルな手触り感はとても大事だと感じます。長谷川さんにもそういう感覚はあるのでしょうか。
長谷川:すごくあります。最近、メキシコの独立記念碑を訪れました。メキシコの国家誕生の歴史や人々の誇り、不屈の精神を象徴する存在で、そこに佇むと、空間性とか宗教観も含め、五感からさまざまなものが入ってきました。そして、自身の感覚が変化していくのを感じました。インパクトが強すぎてまだ消化し切れていないですが、作品への影響もかなり出てくると思います。



