食&酒

2025.12.19 16:45

味坊集団の梁さんが茨城の農村につくった「美食とアート」の拠点を訪ねる

味坊集団のオーナー梁宝璋さんの別邸「梁餐泊」は古民家を改装したものだ

「美羊味坊」では現代アートも楽しめる

前回のコラム「どのガチ中華がいちばん辛いか。四川と湖南と雲南の料理を食べ比べてみた」でも取り上げた、ガチ中華の第2世代、第3世代も登場し、日本人にとっての未知なるグルメの世界を提供していることも見逃せない動きである。

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2025年春、「池袋小吃居」はリニューアルされ、「掌櫃」という店名でいまも河南料理を提供している。オーナーは同じ人物だというが、彼はこの5年をどう生きたのだろう
2025年春、「池袋小吃居」はリニューアルされ、「掌櫃」という店名でいまも河南料理を提供している。オーナーは同じ人物だというが、彼はこの5年をどう生きたのだろう

だが、何より中国東北料理を主として提供している味坊集団の梁宝璋(りょう・ほうしょう)さんは、筆者と同年齢であり、彼の残留孤児2世という出自に関する歴史背景や現地事情を筆者が承知していたことから、すぐに親しくなれたのはうれしかった。

梁さんにとっても、この5年間はまさに躍進の日々だった。彼の率いる味坊集団は、コロナ禍前は5店舗にすぎなかったが、6店舗目となる代々木八幡の点心の店「宝味八萬」を2021年9月にオープンして以降、次々とジャンルの異なる中国の地方料理店を出店し、現在は都内を中心に15店舗を展開している。

さらに、食通や飲食メディアにも高く評価され、2022年には、その年の飲食業界に貢献した人物に与えられる「外食アワード」の受賞という快挙を遂げるのである。

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それを成し遂げたのは、梁さんの経営者としての比類ない手腕によることは間違いないが、彼の傘下に北京や重慶、広東など、さまざまな地方出身の個性あふれる調理人が結集したことや、筆者が「愛されキャラ」と呼んだ梁さんの温かい人柄が多くの日本人を虜にしたことが大きかったと言えるだろう。
 
そんな梁さんは、今年さらなる新しい取り組みを始めている。まず9月下旬に東京の京橋にオープンした「美羊味坊」という店は、これまでの大衆的なイメージで親しまれてきた味坊とは異なる高級業態への挑戦となった。

京橋の「美羊味坊」では、フォークとナイフを使ってラムチョップを食べる。これまでの味坊にはなかった料理の提供スタイルが特徴だ
京橋の「美羊味坊」では、フォークとナイフを使ってラムチョップを食べる。これまでの味坊にはなかった料理の提供スタイルが特徴だ

「美羊味坊」は、味坊がこれまで培ってきた世界観を体現しつつ、進化させている。オーストラリアやニュージーランド、アイスランド、イギリス、チリ、アルゼンチン、フランスなど世界各地から調達した羊肉を、産地ごとに異なる風味や脂の質、香りを吟味して最適な一皿を仕立てているのだ。

また「畑から皿まで」の思想のもと、自社農園の無農薬野菜や自社工房のスパイスや調味料も使用し、素材の魅力を最大限に引き出す料理を提供している。

味坊が東京近郊の農園を借りて野菜の自社栽培を始めたのは2018年頃から。各店のメニューで使われる中国野菜の葉ニンニクやパクチー、小松菜、菜の花、空豆、ダイコンなどを栽培している
味坊が東京近郊の農園を借りて野菜の自社栽培を始めたのは2018年頃から。各店のメニューで使われる中国野菜の葉ニンニクやパクチー、小松菜、菜の花、空豆、ダイコンなどを栽培している

そして、もう1つの特徴に、店内に中国の画家たちの絵画を飾っていることがある。梁さんに聞くと、いまは主に彼の故郷の黒龍江省チチハル出身の画家たちの作品だという。

そのなかで、ひと際目を引くのは、漆漢勇さんの抽象絵画だ。彼は現代美術家で、北京の中央美術学院を卒業し、現在も北京で活躍している。梁さんの中学生時代の同級生である魏莉さんの作品もある。魏莉さんの絵は、羊肉串や焼烤(中華風串焼き)という、いかにも東北地方の題材を絵にしたもので、親しみがわいてくる。

「美羊味坊」に展示される中国の現代美術家の漆漢勇さんの作品は一度見たら忘れられないユニークな作風だ。1968年生まれの彼は梁さんの同郷人
「美羊味坊」に展示される中国の現代美術家の漆漢勇さんの作品は一度見たら忘れられないユニークな作風だ。1968年生まれの彼は梁さんの同郷人

美羊味坊は、レストランではあるけれど、画廊でもあるのだ。それは梁さんがこれまで静かに胸にしまっていた美術に対する愛好を素直にかたちにしたものだ。

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文・写真=中村正人

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