「経済は文化の僕」の言葉を胸に刻んで
企業がアート活動に取り組む際のアドバイスを求められると、笠原は福武總一郎がいつも唱える言葉を必ず伝える。「経済は文化の僕」。この言葉に心を動かされる人が多いという。また「一番大事なことは何ですか」を聞かれては、何より「長く続けること」と答えるという。
ビジネスとの循環については、島に来てもらうだけが接点ではない。ベネッセの介護施設では、ベネッセアートサイト直島で数年前から取り組んでいる対話型鑑賞プログラムを導入している。認知症の症状があった入居者が、アートを通じたコミュニケーションをきっかけに昔のことを話し始めるケースもあるという。

「現代アートは100人見る人がいれば100通りの見方がある。正解がない。自分で感じ、自分で考える。だからベネッセと現代アートは合っているんです」と高橋。
裏を返せば、やみくもにアートを取り入れても深い価値は生まれないと言える。「アートのどの側面を生かして、自社の何をどうしたいのか」。それを考え、追求していくことが必要だろう。
2025年5月、「直島新美術館」が開館した。大規模な美術館としては約15年ぶりの新設だ。既存の施設にパーマネントな作品が多いなかで、展示室ごとに緩やかに展示替えを行うなど “継続的なメッセージ発信”の役割を担う場所となる。
笠原が描く未来はスケールが大きい。「直島を単にアートを見に行く場所ではなく、考えに行く場所、思考しに行く場所にしたい。先々のライバルは四国遍路や伊勢神宮。半分冗談っぽく言っていますけど、本気で思っているところです」(笠原)
企業理念が生まれた場所で、40年かけて育ててきたもの。それはアートを体験する施設であるにとどまらず、「よく生きる」とは何かを問い続ける装置だった。
かつては本業である教育や介護事業などとの距離もあったが、両者の成熟とともに多様なシナジーが有機的に生まれ始めている。今後、アーティストたちや直島・瀬戸内の島々での活動と教育・介護事業が協業や連携することもあるかもしれない。長年の蓄積があるからこそできること。その可能性を見せ続けてほしい。



