エコシステム

2025.12.10 08:15

スタンフォード大学における日米イノベーション連携、30年の軌跡と現在地

スタンフォード大学米国アジア技術経営研究センターのリチャード・ダッシャー教授(右)と、筆者 Courtesy of the author

スタンフォード大学米国アジア技術経営研究センターのリチャード・ダッシャー教授(右)と、筆者 Courtesy of the author

世界で地政学的な大きな変化が進むなか、米国のアジアにおける戦略的パートナーとしての日本の存在感が再び脚光を浴びている。シリコンバレーにおいても、10年前には関心の多くが中国に向けられていたが、近年は日本を見直す動きが徐々に広がっている。

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こうした中、30年以上にわたり、シリコンバレーの中心地・スタンフォード大学で日米のイノベーション連携を推進してきた人物がいる。スタンフォード大学US-Asia Technology Management Center(米国アジア技術経営研究センター)の所長を務めるリチャード・ダッシャー教授だ。同教授は長年の日米交流と教育研究への貢献が評価され、最近、日本政府から外務大臣表彰を受けたばかりである。今回、ダッシャー教授に、これまでの日米イノベーション連携の歩みと、これからの日本への示唆について伺った。

「US-Asia Technology Management Center」の歩み

吉川絵美(以下、吉川):スタンフォード大学のUS-Asia Technology Management Centerは30年以上の歴史をもちますが、どのような経緯で始まり、どのような活動をされてきたのでしょうか。

リチャード・ダッシャー(以下、ダッシャー):私たちのセンターは1992年、「US-Japan Technology Management Center」として設立されました。きっかけは、米国政府による全国規模の助成プログラムです。日本企業との競争や協力を通じて、米国企業の競争力を高めることを目的としたプログラムで、厳格な審査の下、米国で11の大学が選ばれ研究資金を獲得しました。

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スタンフォードは「工学的側面」に焦点を当て、日本の技術動向をいち早く紹介する役割を担いました。当時はまだインターネットが普及する前で、海外の情報を得るのは容易ではありませんでした。そのため、我々が開催した公開プログラムは、シリコンバレーの技術者や企業にとって非常に貴重な情報源だったのです。

2000年には「US-Asia Technology Management Center」と改称し、中国、韓国、東南アジア、インドなどを対象に研究範囲を拡大しましたが、その中でも日本は依然として大きな比重を占めています。また、インターネットの普及により情報へのアクセスが容易になると、活動の中心は「情報提供」から「イノベーション・プロセスそのもの」へと移行しました。現在はAI、知能ロボット、バイオといった分野別の研究に加え、オープンイノベーションや地域イノベーション・システムも重要なテーマとしています。

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文 = 吉川絵美

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