エコシステム

2025.12.10 08:15

スタンフォード大学における日米イノベーション連携、30年の軌跡と現在地

スタンフォード大学米国アジア技術経営研究センターのリチャード・ダッシャー教授(右)と、筆者 Courtesy of the author

「共通点に驚け」──日米の共通点と相違点

吉川:30年以上にわたり日米関係を見てこられて、現在の両国の関係をどのように評価されていますか。

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ダッシャー:私が日本語を学び始めた時に使った、1年目の教科書の前書きに「相違点を想定し、共通点に驚け」と書かれていました。これはまさに日米関係にも当てはまります。
両国はともに先進経済国であり、技術立国でもあります。企業の価値観、すなわち「社会に価値を生むことを重視する姿勢」にも共通点があります。一方で大きな文化的差異が存在し、それがお互いの学びを促進し、競争を健全なものにしています。スポーツに例えるなら「ライバルがいるからリーグが成り立つ」という関係です。

また両国は共通の課題も抱えています。例えば、国力維持に不可欠だが経済的には収益性が低い産業をどう位置づけるか、という問題です。こうした課題に取り組む際には、互いに学び合うことでより良い解決策を導けると考えています。

吉川:US-Asia Technology Management CenterはJapan Society of Northern Californiaと連携して、毎年Japan-U.S. Innovation Awards Symposiumを開催していますが、日本のイノベーションを発信し、お互いに学びあうプラットフォームとして機能していますね。米国のテクノロジー業界は現在、一人勝ちのような状況にあります。そのため、他国から学ぶ必要性を感じない人もいるかもしれません。しかし、だからこそ今、このように他国から学ぶ機会を提供することの意義はいっそう高まっているのではないかと思います。

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具体的に、今のタイミングで、日本が米国から学ぶべきこと、また米国が日本から学ぶべきことは何だと思いますか。

ダッシャー:日本にとって最も大切なのは「変化を楽しむこと」です。シリコンバレーでは変化を恐れるものではなく、むしろ新しい価値を生み出す源泉と捉えます。産業構造やビジネスモデルは20年もすれば一変します。その変化を楽しむ姿勢こそが、新たなアイデアを形にする推進力になるのです。

一方で、米国が日本から学ぶべきは「ステークホルダー資本主義」です。米国ではCEOと従業員の所得格差が拡大し、株主第一主義が強調されすぎてきました。日本は顧客や従業員、社会全体を会社の存在意義に組み込む文化をもっています。このバランス感覚は、米国が学ぶべき点だと思います。

吉川:一方で、日本企業は近年のガバナンス改革を通じて株主重視を強めている傾向もあります。ステークホルダーとのバランスは保てるでしょうか。

ダッシャー:これらのガバナンス改革のそもそもの目的は、急速に変化する市場で企業が競争力を維持することです。むしろ懸念されるのは、このようなより欧米的なガバナンスをもってしても、一部の日本企業が引き続き「安定への過度な志向」をもち続けてしまうことです。安定を重視しすぎると、変化に対応する力が弱まってしまいます。日本の強みである高品質な顧客サービスや、経営層が率先して痛みを分かち合う姿勢は維持すべきです。そのうえで、シリコンバレー流の「変化を楽しむ文化」を取り入れることが必要です。

また、日本のスタートアップ・エコシステムは近年急速に成長しており、ベンチャーキャピタルやアクティビスト投資家の影響力も高まっています。これは日本経済にとって大きな変化であり、適切に対応する必要があります。ただし、良い投資家は企業と社会双方の成功を望むものです。重要なのは利害関係者全体の調和なのです。

「(日本企業は)シリコンバレー流の『変化を楽しむ文化』を取り入れることが必要」と説くダッシャー教授(右)  Courtesy of the author
「(日本企業は)シリコンバレー流の『変化を楽しむ文化』を取り入れることが必要」と説くダッシャー教授(右) Courtesy of the author
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文 = 吉川絵美

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