テクノロジー

2025.12.01 17:00

IBMは量子コンピューターで黄金期を取り戻す──熱狂的な投資の裏で着実に歩む“老舗”

物理学者のジェイ・ガンベッタ(写真右)Photo By Arnaitz Rubio/Europa Press via Getty Images

多くのスタートアップがビジョンを語る中、IBMは工場や研究所に実機を設置

IBMやほかの数社の大企業がこの分野の研究を進める一方で、量子テクノロジーの「突破口」や「将来性」を声高に語るスタートアップが次々に登場している。ただし、本当に商業的価値のあるものを生み出すまでの道のりは長い。それでも投資家は、こうした企業に資金を惜しみなく投じ続けている。

advertisement

ニュージャージー州ホーボーケン拠点のQuantum Computing(クアンタム・コンピューティング)は、そうした“有望株”の1つだ。同社はもともとインクジェットのカートリッジ販売で事業を始めたが、うまくいかず、飲料の流通に乗り換えたものの、それも失敗した。その後、社名を改めた同社は、フォトニクス製品を販売している。同社のウェブサイトには「私たちのビジョンは、量子を10億人の手に届けること」と掲げられている。ナスダックに上場する同社株は最近、売上高の9500倍の水準で取引されている。

ビジョンを語る企業もあれば、実際に動くマシンを持つ企業もある。IBMは、ポキプシーの工場や研究所、欧州とアジアにも量子コンピューターを設置している。モデルナやクリーブランド・クリニック、オークリッジ国立研究所といった研究機関の科学者は、より高速で大規模、かつエラーに強い量子コンピューターが登場したときに備え、IBMのマシンでテストプログラムを走らせている。

一方、トランズモン方式に賭けているのはIBMだけではない。グーグルも同じ方向を目指している。では、まったく別の方式が最終的に勝つ可能性はあるのか。ガンベッタは、その確率は低いと見ているものの、可能性までは否定していない。そのため彼は、IBMの取り組みに潜む欠点を見つけ出すため、あえて他方式を追うライバル企業からエンジニアを引き抜くようにしている。

advertisement

ライバル企業の中には、小規模な実験環境で見事な成果を発表しているところもある。ただし、量子素子やそれらを制御する回路の製造では、規模が大きくなるほど精度に対する要求が飛躍的に高まる。「彼らがその技術をスケールさせる計画を持っているのか。パッケージングを含め、大規模な製造設備を本当に作っているのかが疑問だ」とガンベッタは指摘する。

大規模でのエラー訂正に向け、最も透明性の高いロードマップを示す

量子ビットがエラーを起こしやすいという根本問題もある。多くの量子ビットを使い、複雑な計算を行うようになれば、エラーが累積して読み出し結果が意味をなさなくなる恐れがある。研究者は、このエラーを途中で打ち消す方法を模索している。たとえば、複数の量子ビットを冗長的に配置して互いを補正させる方式だ。しかし、こうした工夫はシステムの複雑さを増し、失敗の余地を広げることにもなる。

グーグルは、エラー訂正能力を大きく改善した新しいシステムを開発したと宣言している。一方、IBMはこの課題への回答を科学誌で公表した。「IBMは、大規模でのエラー訂正に向けた最も透明性の高いロードマップを示していると私は思う」とガンベッタは述べている。

量子コンピューターは、自然界の奇妙な性質である確率と量子もつれに依存

量子コンピューターは、1世紀前に明らかになった自然界の2つの奇妙な性質に依存している。その1つは、量子レベルのミクロな世界では、ものの位置や性質が、あらかじめ「ここにある」「あそこにある」と決まっていない点だ。測る前にいえるのは、「ここにある確率」と「あそこにある確率」の値がそれぞれいくつなのかという情報(が理論から得られる)だけだ。この現象は、しばしば「神はサイコロを振る」と表現される。

もう1つの理解しがたい現象は、物理学者が「量子もつれ」と呼ぶ2つの独立した物体が互いに結びついた状態に陥ることだ。これにより、たとえ離れた場所にあっても、一方を測定すればもう一方の状態も決まってしまう。この事実はアインシュタインを悩ませ、彼はこれを「不気味な遠隔作用(spukhafte Fernwirkung)」と切り捨てた。

量子もつれを利用してチップ同士を接続し、モジュール式に拡張する計画

ただし、量子もつれは原子より小さな距離のみで起きるわけではない。今年のノーベル物理学賞は、この現象が肉眼で確認できる距離でも発生することを示した科学者に授与された。こうした知見を踏まえ、IBMのエンジニアはマイクロ波技術の限界に挑んでいる。彼らは量子コンピューターをモジュール式に拡張し、数フィート離れた複数のキャビネットに収めた極低温の超伝導チップ同士を接続し、一方のチップの量子ビットと隣接チップの量子ビットを“もつれ”状態で結びつける計画だ。これは、アインシュタインが見たら驚愕するような取り組みだ。

従来型コンピューターでは、0が1に変わるのは厳密に定められたルールに従う決定論的な動きだ。しかし量子コンピューターの動作はあいまいだ。量子ビットに与えるわずかな刺激(「ゲート」と呼ばれる)は、その状態を0寄りにも1寄りにも押しやる。これらのゲートを巧みに配置し、“もつれ”状態にある複数の量子ビットに同時に作用させれば、それぞれの量子ビットの確率的な値が徐々に0か1のどちらかに偏り、問題の「解」に対応するパターンが浮かび上がってくる。

この計算過程はきわめて複雑で、幾度も微小な刺激を重ねる必要がある。そのたびに、超伝導チップは次の手順を決めるための制御・判断処理を近くの通常コンピューターへ戻して委ねることになる。

次ページ > 資産運用大手バンガードは、膨大な債券の組み合わせから最適解を導く難問に直面

翻訳=上田裕資

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事