約10年の準備期間を経て2020年に開業したポテトヘッド。直後に世界はコロナに直面し、観光は姿を消した。アキリ氏は振り返る。
「祝福の瞬間となるはずだったタイミングが一転、私たちは『人・文化・サステナビリティを軸にしたクリエイティブ・ビレッジ』という価値観をどう貫くか、という問いと根本的に向き合うことになった」
そこでアキリ氏が選んだのは、チームを守り、結束を強める道だった。誰一人解雇せず、目的の共有や研修、メンタルウェルビーイング、地域プロジェクトなどに注力。結果、再生型農業を実践する「スウィート・ポテト・プロジェクト」が誕生した。
「この農園は、人々を大地と再びつなぎ、地域コミュニティに新たな力をもたらしました。サステナビリティとは単なるマーケティング用語ではなく、レジリエンスや思いやり、長期的視点を伴う行動そのものだと証明したのです」
若いクリエイターから家族連れ、音楽愛好家、サステナビリティに関心の高い旅行者まで、ポテトヘッドのゲスト層は多様だ。バリ島の中でも珍しく雲に遮られず、海に沈むサンセットを写真に収めようと、人々が一斉にビーチに繰り出す。

一方で、影響力が大きくなるにつれ、バリ島全体のインフラの脆弱さが大きな壁となっている。地域のリサイクル施設は十分に機能しておらず、観光客の増加に伴い、外部からのごみ流入も増える一方だ。ポテトヘッドでは、公的セクター、企業、地元コミュニティと協働し、データ・資源・システムを共有して対応している。
「廃棄物が生まれる現場ごとに管理できる『ハイパーローカル廃棄物ハブ』をつくることが鍵。次のステップは、ホテルやレストラン、地域の意思決定者とつながり、持続可能な取り組みを一緒に築くことです」と前述のマルチェラ氏は指摘する。
「島全体のゼロウェイスト」へ
「社内ゼロウェイストの達成」から「島全体への波及」へ。ビジネスにおいて重要なのは、表面的な数字ではなく、「実質的なコスト」を理解することだとアキリ氏は語る。
「農薬や生態系に悪影響を与える素材を使えば、それはやがて私たちの健康・環境・コミュニティに跳ね返ってきます。この『見えないコスト』を可視化し、会計やデザインに組み込む。そしてそれをカバーできるビジネスモデルを構築することが我々の使命です。多くの人が責任ある取り組みの一部になりたいと望んでいます。目的は信頼を生み、信頼は忠誠心を生み、忠誠心は収益を生み、その収益がさらにミッションを前進させるという好循環が生まれるのです」

観光により経済が潤う一方で、文化の喪失や住民生活の圧迫が死活問題となっているバリ島。深刻な人的被害と経済打撃を受けた9月の大洪水は、開発による緑地の減少に起因しているとの専門家の見方も強い。旅行者はある意味、環境破壊の加害者になってしまっている時代なのだ。円安によるオーバーツーリズムに喘ぐ日本にとって、バリ島は観光課題を先取りする「課題先進地域」として、大いに参考になる。
ポテトヘッドを訪れる客も、SNS映えを意識した層が多いように見受けた。志や試みがどれだけ来訪者に届き、彼らの意識変革につながるのか? 私たち旅行者も、地元住民に対して「お邪魔します」と敬意を持って旅する意識が、持続可能な観光に不可欠だ。同時に日本は観光税の導入やリブランディングなど、国がとるべき施策も待ったなしだ。
観光地における「娯楽」と「社会的責任」の両立を追求するポテトヘッドの挑戦。今後どのように成果を地域と共有していくのか。バリ島の未来を占う試みに注目している。


