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2025.11.24 16:00

米感謝祭市場に伝統製法の高級「ターキー」で乗り込む英国農家の野望

ポール・ケリーと彼のケリー・ブロンズ種の野生の七面鳥(Photo by Cate Gillon/Getty Images)

ターキーの起源である米国に学び、本物の味を再現しようと決意

2003年に売上高が380万ドル(約6億円)に達したことを受け、ケリーは伝統的なターキーの製造プロセスへの理解を深めるべく、すべての起点となった米国の農場から学ぼうと決意した。最初にターキーが英国へ持ち込まれたのは1526年とされており、商人ウィリアム・ストリックランドが大西洋を横断する初期の航海で米国先住民から6羽を入手し、英国に持ち帰ったと伝えられている。クリスマスにターキーを食べる習慣はヘンリー8世の宮廷で流行し、ターキーは祝祭を象徴する食材として地位を固めた。その後、この鳥は再び大西洋を渡り、バージニア州ジェームズタウンに入植した植民者のもとへ、英国から家禽化されたターキーが船で届けられるようになった。

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1621年に、その前年メイフラワー号で海を渡ったピルグリム・ファーザーズ(メイフラワー号に乗船したピューリタンの総称)がワンパノアグ族とともにマサチューセッツ州プリマスで最初の感謝祭を祝った際、ターキーが振る舞われたという正式な記録は残っていないものの、この地域には七面鳥が大量に生息していた。ベンジャミン・フランクリンは、白頭ワシよりもターキーのほうが「はるかに立派な鳥」であり、「アメリカ固有の真に独自の鳥」だと評したことでも知られる。

「ワシはどの国にもいるが、ターキーは我々の国だけのものだ」とフランクリンは述べ、ターキーを「勇気ある鳥」と呼んでいた。

ケリーは、バージニア州で育てている品種について、「何百年も前、ピルグリムとともにアメリカで育てられていた伝統的な元祖ターキーをルーツとするものだ」と語る。彼は、2014年にはターキーの起源の地である北米大陸に自分の鳥を“戻す”形で、75万ドル(約1億2000万円)で農場を購入し、設備の更新に275万ドル(約4億3000万円)を投じた。その際に銀行から受けた100万ドル(約1億6000万円)の融資は、すでに完済している。

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自前の孵化場を開設して生産能力を向上、季節性の偏りや関税リスクなどが解決すべき課題

ケリーブロンズは現在、米国で年間4600羽のターキーを生産しており、2018年には自社の孵化場も開設した。この施設は月に最大1万5000羽のヒナを生産できる能力を持つが、現状は年間5500羽にとどまる。ケリーは、これとは別に米東海岸と西海岸にもう1カ所ずつ孵化場を作りたいと考えている。

とはいえ、米国で事業を営むのは容易ではない。まず、販売時期の偏りが極端で、ケリーブロンズの米国売上の95%が感謝祭に集中してしまう。また、トランプ政権の貿易戦争の影響で関税が課される可能性もある。ケリーは、関税の適用開始の直前に、英国から米国の孵化場に向けてターキーの卵を出荷したが、次のシーズンも関税が続けば、卵に数千ドル(数十万円)規模の追加費用がかかりかねない。

「理想をいえば、毎年1月か2月に注文を入れてもらい、名前を付けてもらったその鳥を私たちが育てて引き渡す、という形にしたい」とケリーは語る。現在、ケリーブロンズでは彼の息子トビー(31)と娘のエラ(28)が事業の一部を担っている。「この市場の潜在的規模はとてつもなく大きい」とケリーは語った。

forbes.com 原文

翻訳=上田裕資

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