現役唯一の日本人F1ドライバーであるレッドブル・レーシングの角田裕毅は、その歴代出走数記録を更新中だ。角田が無事2025年シーズンを終えるとなれば、その記録は111回まで伸びる。年代により年間レース数の違いこそあれど、日本人として100回以上の出走を果たしているのも、角田のみ。日本人歴代出走数2位に位置する片山右京が95回、世界三大レースの一つインディ500を2度制した佐藤琢磨は90回、日本人初のフルタイムドライバー中嶋悟は74回、日本人として初めてF1の表彰台に立った鈴木亜久里が64回だった。また、2025年の日本GPには3日間で26万6000人の観衆が集い、2009年にF1が富士スピードウェイから戻って来て以降、最多を記録。それにもかかわらず、F1というスポーツが、日本市場において、今ひとつ盛り上がりに欠けるように感じるのは、なぜだろうか。ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平らの活躍が連日、メディアで取り上げられる中、角田の名が一般の人々の口にのぼるのも稀だ。
現在、世界におけるF1人気はかつてない熱狂を帯びている。主催団体・米リバティメディア傘下のフォーミュラワン・グループによる卓越したマーケティング手腕もあり、単なるモータースポーツとして認識されていない。F1は、Z世代の若者や感度の高い女性たちを熱狂させ、アップルが巨額の投資を惜しまない、地球上でもっともホットな「グローバル・エンターテイメント・プラットフォーム」へと変貌を遂げつつある。
パドックは、パリのファッションウィークにおけるフロントロー(最前列)さながらの様相を呈し、ドライバーたちはハイブランドに身を包み、アスリートとしてだけでなく、絶大な影響力を持つインフルエンサーとしてカルチャーシーンを牽引。この爆発的な「リブランディング」の裏には、極めて緻密で現代的なマーケティング戦略が存在する。F1は、自らの「本質」であるスピードとテクノロジーはそのままに、その「届け方」と「魅せ方」を根本から変革した。
ここではフォーミュラワン・グループが自ら、F1の新たなファン層の実態を明らかにした最新の「グローバル・ファン・サーベイ」、アップルとの歴史的な中継契約の発表レポート、そしてNetflixのドキュメンタリーがいかにしてファンを創出したかを分析したニールセンスポーツのレポートの3つをもとにF1が実践した「勝利の方程式」を紐解く。欧州貴族の余興と囁かれ、重苦しい伝統あるF1が、いかにして新しいグローバルスポーツへと進化したのか、マーケティングとトレンドを分析する。



