評価額約1.5兆円、巨額調達の陰で起きた賃金引き下げ
Mercorの一部スタッフの賃金の引き下げは、同社が直近の調達ラウンドで3億5000万ドル(約539億円)を集め、評価額を数カ月前の20億ドル(約3080億円)から100億ドル(約1.5兆円)へ引き上げたばかりのタイミングで行われた。22歳の共同創業者3人は、この調達によって世界最年少の自力で財を成したビリオネアの称号を得ていた。
サンフランシスコのベイエリアで高校時代からの友人だったフーディとアダルシュ・ヒレマス、スーリヤ・ミダの3人は、大学を中退してMercorを創業した。同社は当初、ソフトウエアエンジニア向けのAI採用プラットフォームを名乗っていた。
しかし、創業の過程で、3人は「AIラボ向けのデータラベリング」という、急成長する市場に行き着いた。Mercorは、フォーブスが未上場のクラウド分野の有力企業を選出する「Cloud 100」に初めて名を連ねた直後の昨年9月、年換算売上高が5億ドル(約770億円)に達したと発表した(ただし、直近12カ月の売上高は開示していない)。こうした急成長の背景には、データラベリング業界の大きな再編があり、競合のScale AI(スケールAI)やSurge AI(サージAI)の創業者の資産もすでに10億ドルを超えていた。
メタが競合Scale AIを取得、熾烈な顧客争奪戦
メタは、6月にこの分野における最大手の1社Scale AIの49%を140億ドル(約2.2兆円)で取得し、共同創業者兼CEOのアレクサンダー・ワンを引き抜いた。彼は現在、メタの最高AI責任者を務めている。この買収をきっかけに、Mercor、Surge AI、Turing(チューリング)といった企業の間の顧客争奪戦は一気に加熱した。背景には、「他のハイテク大手は、メタ傘下となったScale AIとは取引したがらない」という読みがあった。
フーディは9月、同社の売上が「3月以降に5倍に伸びた」と語っていたが、この急成長は同時に緊張も招いた。その同じ月に、Scale AIはMercorが「商業機密を盗んだ」として提訴していた。フーディはこの訴訟について「この件には、あまり時間を割いていない」とフォーブスに語った。
需要急増のデータラベリング、専門家には最大約3万円の時給を提示
一方、ハイテク大手が生成AI分野に巨額投資を進める中、AIの訓練データのラベリングや、チャットボットの指導、安全性チェックを担う人員への需要は急増した。その多くは短期やフレキシブルな勤務形態の仕事に従事する人員で、以前はアフリカや東南アジアの低賃金の「クリックワーカー」を中心としていた。しかし、AIモデルが高度化するにつれ、専門領域の知識が必要となり、修士号を持つ専門家を雇う企業も増えている。
Mercorが「Nova」プロジェクトのデータアノテーション作業に対して支払う賃金は、時給16ドル(約2464円)だが、その一方で同社は、弁護士やジャーナリスト、医師を対象とした求人広告を出している。この仕事は、新たなAIモデルの構築に向けたもので、Mercorは彼らの仕事内容についての質問に答える業務に対して最大200ドル(約3万800円)の時給を支払う用意があるとしている。
フォーブスが取材したMercorの業務委託スタッフ数人によれば、すでに一部のスタッフは、時給が引き下げられた新プロジェクトに参加する手続きを済ませたという。「私はパートタイムだからまだいいが、多くの同僚にとってはこれが生活の糧だった。子どもがいる人もいる」と、あるスタッフは語った。


