「人工知能(AI)が人々の仕事を奪うという話は、少し疑ってかかったほうがいい」と語るのは、米サンフランシスコを拠点とするOkta(オクタ)の共同創業者でCEOのトッド・マッキノン(54)だ。「AIの普及によって長期的に見れば大きな変化は必ず起きる。いくつかの仕事はなくなるかもしれない。ただ、今ある仕事がすぐになくなるという話は誇張され過ぎている」というのが彼の見立てだ。
「特にソフトウェア開発の分野では、5年後には世間の見方とは逆に、開発者が増えると私は考えている。AIで生産性が向上すれば、より多くのソフトウェアを作ることが可能になるからだ」とマッキノンは語る。
その流れを最も明確に示すトレンドのひとつが、複雑な業務を自動化し、効率を向上させる「AIエージェント」の台頭かもしれない。生成AIがビジネスや日常生活に急速に浸透しつつあるなか、人間の介入なしで高度で複雑なタスクを自律的に実行するAIエージェントは、テクノロジー業界全体を大きく変える起爆剤として期待されている。調査会社ガートナーが10月に公表した調査結果によると、AIエージェントに何らかの形で取り組んでいる企業は75%にのぼる。
しかし、その一方、この最先端のイノベーションが企業のセキュリティに重大な懸念を生じさせている。AIエージェントの普及により、企業内では人間のアイデンティティの数十倍もの「非人間アイデンティティ(NHI)」が活動している。さまざまなデータやシステムに自律的にアクセスするAIエージェントがサイバー攻撃によって乗っ取られた場合、その被害は従来とは比べものにならないほど広範囲にわたる可能性がある。
複数のクラウドサービスを使う企業顧客向けに、アイデンティティ(ID)を一括管理し認証をおこなうIDaaS(アイダース)サービスの世界大手であるOktaは、2017年4月に評価額15億ドルでナスダックに上場して以降に急拡大を果たし、現在の時価総額は150億ドル(約2.3兆円)を超える。同社はいま、AIエージェントの導入を進める企業に「鉄壁の守り」を提供する体制を強化している。
「ここ2年ほどを振り返ると、『AIはすごい』という期待ばかりが語られてきた感がある。けれど、人々はいまようやく現実に立ち返り、『どうやってAIのセキュリティを担保するのか』というフェーズに来ている。今回のカンファレンスのテーマもそこにある」
そう話すマッキノンに会ったのは、9月にOktaがラスベガスで開催した年次カンファレンス「Oktane 2025」の会場でのことだ。世界中からつめかけた数千人の顧客や関係者を前にしたキーノートで彼は、「アイデンティティセキュリティこそがAIセキュリティの基盤だ」と力強く語った。
起業家人生で出会った「3番目の波」
「起業家にとってはタイミングがすべてだ。正しい市場を選んで正しいタイミングで参入したからこそ、今の成功がある」──約2年前の本誌のインタビューでそう述べていたマッキノンはいま、絶好のタイミングでAIの爆発的普及の波に乗れたと感じている。Oktaの設立は、今から約16年前の2009年のこと。
金融危機の真っ只中のその当時、生後6カ月の娘を抱えて将来を不安がる妻を、十数ページにおよぶパワポのプレゼン資料を作って説得した話はテック業界で広く知られている。20代前半での起業が当たり前のシリコンバレーで、37歳という遅咲きの年齢で会社を立ち上げた彼にとって、AIブームは「3番目の波」だ。



