「私にとって最初の波は、1990年代後半のインターネットの爆発的普及だった。高校時代にネットに出会った若く自信家のエンジニアだった私は、当時勤めていた人事ソフトウェア企業の古参の幹部たちが対応に苦慮するのを横目に『こんなやり方じゃ駄目だ。自分ならもっと上手くやるのに』と思っていた。そして次に来たのが、2000年代初頭のクラウド化の波だった」
その頃、顧客情報管理(CRM)ソフトウエアの世界大手「セールスフォース」の上級幹部として数百名のエンジニアを統括していたマッキノンは、誰もがうらやむ高給と安定をなげうって会社を飛び出し、アンドリーセン・ホロウィッツを筆頭とする著名投資家の支援を獲得してこの2番目の波でチャンスをものにした。その次に来た「AIの波」を彼は新たな“創業の瞬間”のように感じていると話す。
「私は最初の波で仕事を学んだ。2番目の波では自ら行動して会社を立ち上げた。そしていま、この3番目の波で、会社を率いて確実に成功させ、チャンスをつかみたいと思っている」
現在の「生成AIブーム」のきっかけは、OpenAIが対話型AI「Chat GPT」を公開した2022年11月末にさかのぼるというのが世間一般の認識だ。だが、マッキノンとOktaのチームは、その前年の2021年6月のGitHub Copilot(ギットハブ・コパイロット)の登場時に、この第3の波の到来をいちはやく見抜いていた。
「プログラマーたちが使うプラットホームGitHubのチームがOpenAIの技術を使ってプログラム開発を支援するツールをプラットホームに組み込み、それが大成功した。それを見てマイクロソフトは投資に踏み切り、Copilot(コパイロット)というブランドを生み出した。私たちはその成功を見て『これは来る』と確信した」
AIエージェントのセキュリティを守るための「単一の特効薬は存在しない」というのがOktaのスタンスだ。有効なAIエージェントほど、多くのデータソースにアクセスする必要がある。そのため同社は、エージェント自体にアカウントを与え、資格情報やトークンでアクセスを管理し、権限やガバナンスを適用する「包括的なアプローチ」でセキュリティの強化に取り組んでいる。これは言わば、これまで人や機械のアイデンティティを守ってきたツールを、そのままAIエージェントにも適用する試みといえる。
トランプ政権下で「政府顧客」を拡大
世界で約2万社の企業顧客を抱えるOktaのプラットホームは、日本ではNTTデータや日立製作所、メルカリ、JCBなどの大手に利用されているが、米国では政府機関に顧客層を広げ、直近の四半期では上位10件の契約のうちの7つが政府関連だった。しかもそれは、トランプ政権下でイーロン・マスクが率いた政府効率化省(DOGE)がコスト削減を進めたなかでのことだ。
「米国政府は多くの古いシステムを抱えており、新旧をつなぐ必要がある。そこではアイデンティティ管理がより重要になるが、多くの場合、従来のシステムは古く、コスト高でアップデートされていない。Oktaはそこをモダンなクラウド型に置き換えることで、コスト効率とセキュリティを両立できる。だからこそDOGEにも選ばれた」
今年のカンファレンスの参加者数は、4400人を超え、2019年の記録を塗り替えたとマッキノンは9月25日のキーノートの冒頭で語った。「これはつまり、パンデミックが正式に終わったということでもある」と笑顔で話すと、熱気に包まれた会場は歓声に沸いた。
Oktaは2023年に大規模なセキュリティ関連のインシデントに見舞われたが、その打撃から回復を果たしたことは、直近1年で約20%上昇した株価からも見て取れる。
「モバイルよりもSNSよりも大きな、インターネットが始まって以来で最大の波がやってくる」と、その日のプレゼンで語ったマッキノンは、プライベートでは、心肺機能やスタミナ、筋力などを総合的に競うスポーツ競技「クロスフィット」の記録保持者としても知られている。54歳の遅咲きのCEOは、ベテランならではの先を見通す知恵と鍛えぬいた肉体で長距離レースに挑んでいる。


