だが、己を信じるがあまりの柔軟性や共感性に欠けた姿勢は、徐々に周囲との齟齬を生み始める。極め付けは、人頭税というすべての国民に同額の税を課すという案を出してくる場面だ。それはあまりにも不公平だと反対する閣僚たちを「生まれついての特権階級は闘ったことがない」と一刀両断し、「私は闘って這い上がった。後ろめたさはない」と胸を張る。彼女の言葉は、若い頃に主張した「人は自分の足で立つべきだ。泣き言を言うだけでなく」から一貫している。しかし貧富の差が開いたイギリス社会で、サッチャーのこの主張は現実を無視したものでしかない。
信念をどこまでも通すことで生きてきた女が、そのあまりのストロングスタイルに徐々に部下たちの支持を失っていった先で、ついに鬼のような形相を見せるこの場面、サッチャーが着ているのは青ではなく赤い襟のジャケットだ。彼女を恐れて黙りこくる閣僚たちに鋭く向けられる瞳の色まで、怒りで赤く燃えているように映る。
本作を引き締めているのは、あちこちに散りばめられたサッチャーらしい台詞である。その中でも特に印象的なのが、現在の場面において、娘に促されて受診した心療内科で「お辛いでしょう、お気持ちは‥‥」と慮る医師に、毅然と答える場面だ。
「人々の関心はどう感じるかで、何を考えるかってことじゃない。しかし考えが人間を創るのです。考えが言葉になり、言葉は行動に現れ、行動が習慣となり人格を形成し、その人の運命を決定する」。
個人にかけられた言葉に対しても、常に公を念頭にして応答するサッチャー。文句のつけようのないお言葉ではある。しかし、人々の「どう感じるか」を二の次にすることで失ったものもあったはずだ。
最後にようやくデニスの遺品を片付けながら、亡き夫に「幸せだった? 正直に言って」と呟く彼女が、やっと「鉄の女」から解放されたように見えた。


