2013年に亡くなったサッチャーはもちろん、サッチャーの家族も本作を観ていないという。家族が観るには残酷な映画である。その分、賞賛にも批判にも偏らないかなりバランスの取れた視点から、マーガレット・サッチャーという女性を捉えているとも言える。
思えば、サッチャー政権時代を描いたイギリス映画では、しばしば彼女は「庶民の敵」だった。現代の映画作家の傾向として、弱い者の視点から世界を描くというスタイルが多いということもあるだろう。サッチャリズムがいかに労働者を苦しめていたかは、次々閉鎖されていった鉄工所や炭鉱を背景にした『フル・モンティ』、『ブラス!』、『リトル・ダンサー』などの作品に活写されている。他にも、サッチャーの打ち出した新自由主義による企業の民営化、アメリカ流の消費主義や自己責任・自助努力主義がもたらしたイギリス社会の荒廃を描いた作品は数多い。
こうした様相は、頻発したIRAのテロや、市民の激しいデモと鎮圧する警察隊の衝突など、当時のニュース映像を巧みに組み込んだ本作にも反映されている。政治家でサッチャーほど偉大だと言われた女性も、憎まれた女性もいないと言っていいかもしれない。
サッチャーがどのように「鉄の女」になっていったのかは、回想シーンのエピソードでわかりやすくまとめられている。食料品店の生真面目な娘がオクスフォード大学に進学し、父の影響で政治的信念に目覚め、自分を理解してくれる男と結婚して双子をもうけた後に、政界に打って出る。周囲は男ばかりの中で揉まれながら頭角を表し、保守党政権下の教育相で経験を積んだ後に首相候補に担ぎ上げられ、ファッションから発声まで指導者に相応しい変化を遂げていく過程はなかなか面白い。
側近の部下をテロで失い、上がる失業率に風当たりが強くなり、宿泊中のグランドホテルで爆破事件に遭遇する一方、フォークランド問題では和解を薦めに来たアメリカ国務長官を一蹴し強硬な軍事作戦を決行、サッチャー景気で人気を回復する。この間のスーツの色は、清々しい水色からいわゆるサッチャーブルーと言われた深い青へと変化していく。


