M1がCPUとGPUを活用した当時のパーソナルコンピューティングの枠組みの中で「電力効率」を追求することで常識を塗り替えたとすれば、M5は「AI処理の実用性」という新しい物差しを追加した上での電力効率の高さで、新しい基準を打ち立てようとしている。
CPU/GPUの再設計、メモリ帯域の増加を通じ、“アプリケーションにAIが入る”時代に合わせて作り直している。AI活用の時代ではベンチマークでの数値ではない。
“どんなこと”を“どのようなクオリティ”で、“どれだけ応答よく”実現できるかだ。最終的には「待ち時間」が消えるという、ごく実務的で逃れがたい体験の変化をもたらされることに変わりはないが、その間に“クオリティ”がある。
パフォーマンスの向上は、より的確で品質の高いAI機能の登場を促す。それこそが、これから始まることだ。
他のプラットフォームでも、オンデバイスAIのためにNPUの実装が進んでいるが、NPUだけで問題は解決しない。そこでアップルは、CPU、GPUも含めた全方位でのAI最適化を進めたわけだ。
M5で変わる3つの異なるコンピュータ
14インチMacBook Pro、13インチおよび11インチiPad Pro、そしてApple Vision Pro。フォームファクターも用途もまるで違う三者だが、M5チップで駆動する目的は同じだ。
M5に用いられているのはiPhone 17シリーズに搭載されているA19に使われている設計要素と同じ世代ものだ。異なるのはコア数やインターフェイス(Thunderboltなど)が基本だが、Mチップも第5世代になって用途ごとのカスタマイズが進んでいる。
共通のIP(回路実装)を複数のデバイスで展開すると同時に、個別の製品に関するカスタマイズも進んでいる。M5においてはPコア(高性能CPUコア)についてM5独自の調整が行われ、A19シリーズと異なっている。
この世代のPコアは業界でも最も高いピーク性能を誇る。それゆえに薄いスマートフォンでフルパワーで長時間動作させることは物理的に困難だ。発熱を抑えるため、持続的な高負荷では性能を絞る必要があるが、MacBook ProやiPad Proでは冷却性能に余裕がある。
そこでPコアの能力を最大限引き出せるよう省電力動作のチューニングが行われているようだ。同じ設計をベースにしながら、それぞれの製品特性に応じて最適化する「拡張可能な共通基盤」という考え方は、製品開発を行っているアップル自身が半導体設計を行っている優位性そのものといえるだろう。
話がやや逸れたが、製品が目指すビジョンに対して半導体を作り込めることに加え、開発フレームワークを共通化できることも大きい。開発者は、一度AIモデルを作り込めばMac、iPad、Vision Proの3つのプラットフォームで動作する上、その基本的なフレームワークはiPhoneでも活用できる。


